2016.12.05 ロードスターがやってくる
写真趣味は横に置いておいて、ここ数週間は自動車趣味。
まあ、当分の間、車の話ばかりになるのはご容赦願いたい。
古いスポーツカーが欲しい、古いフィルムカメラが好き、ていうのは懐古趣味?
いや、こういう古い「昭和」の機械モノを使いながら、そして昔あこがれた機械を使ってみたいと思う気持ちに、
懐古趣味だけではない実はマジで思っていることが一つあります。それは脳みそを活性化させたい、老化さ
せたくない、身体をもっと使いたいという思いです。時代はどんどん自動化に邁進しています。今まで、人が
やっていたこと、やらなければならなかった事をどんどん機械に考えさせ、やらせる。人は極力身体を使わず
とも目標を達成できる。そんな時代になりつつある。だから「身体の変わり」を機械に頼って生活している、
身体を使わないことが幸せであるかのように。アタクシはそうではないような気がするのです。例えばね、蒸
気機関車ってあるでしょう。あれって一人じゃ運転できないんです。一台の機械を動かすのに人間二人必要
なんです。だから、運転中に「ポケモンGO」なんて絶対できない。とにかく、運転手と助手は機関車が走ってい
る限り、身体をフル活動させる、「ヒマ」じゃないんです。自動化が進むと人間ヒマになります。だったら別のこ
とをしようと。だから、運転中に「ポケモンGO]をやるんです。人の行動としてはまともです。(叱られて当たり前ですが)

マニュアルミッションの車を運転するには、エンジンの力をタイヤに伝達するために、ニュートラルの状態から
クラッチペダルを少しずつ離しながら繋がなければなりません。そういう足の動きを意識しないと車は発進しな
い。ミッションとエンジンの関係を脳みそで理解し、身体を上手く使わないと動かない。つまり、無意識では車は
動かない。必ず、身体の感覚が介在する。これってすごく大事なんじゃないか、と思うのです。オートマチックの
ツーペダルだと無意識操作で急発進の確率は高い。だって、ほとんどが「アクセル」と「ブレーキ」を間違えた、
っていう言い訳なんだもの。マニュアルミッションだとどうだろう?そうならないんじゃないかなー。

もうすぐ、赤いロードスターがやってくる、それはマニュアルミッションだ。
安楽ではないことは確かだ。でも、安楽を選ばなかったのは「楽しい」を自分で選んだんだから仕方がない。
「安楽」な道を選ぶのはまだ早い。というか、「楽しい」を選べる最後の年齢だと思うから。
日常で使うのには疲れるんだろうなー、坂道発進プレッシャーかかるなー・・・、実車を見ればテンション上がる
・・・か?それとも、プチレストアする時間と費用を疎ましく思うか?なんて、今ちょっとナーバス。
まあ、新車を待つウキウキ感は今はない。これが、「エンスー」になるための通過儀礼か?


2016.12.03 田烏海岸の印象
005-2175.jpg 005-2184.jpg 005-2179.jpg 005-2195.jpg
FinePix X100

2016.11.18 「待つ」という苦しみと楽しみ
昨日、「エンスーになりたい」と宣言した。
宣言したが、実行が伴わなければエンスーにはなれない。精神だけでは絵に描いた餅。
で、今、友人の知り合いの自動車屋さんに探してもらっているわけですが、これがなかなか・・・・。

マツダは26年前に登場したこの車のレストアおよびサービスパーツの維持、供給について検討を開始し、
2017年度後半からのサービス開始を目指すという大英断を下した。自動車文化を育む心意気や素晴らしい!
拍手ぱちぱち・・・・ではあるが、拍手しているのはアタクシだけではない。隠れNAロードスターマニアは他にも
たくさんいらっしゃる。たくさんいらっしゃるということは、この26年前の中古車で程度のいいものを物色し、
手に入れたいと思う方が多くなるのは当然のこと。よって、程度のいいものはなかなかすぐには手に入らない。
先週、程度のいい、極上品がオークションに出たという連絡を受け、落札価格を社長さんの予想で入れて
いただいたが、何のことはない、はるか高値で落札されたという連絡が入り、あえなく撃沈。
まあ、こちらもそんなに甘かーないとは思っていたものの、「もしかしたら」という期待感もあって楽しみに
していたが、残念な結果に終わり、いったん膨れ上がった妄想は破裂して終わった。
それより、あとで聞いた話だが、このオークションには社員さんも社長のお父上(元社長)も盛り上がったそうで、
そんな話を聞くと、このちょっと古いスポーツカーの持つ魅力にみんなが引き込まれているのが嬉しかった。

そういえば、この車が登場した時のキャッチコピーは・・・・「だれもがしあわせになる」・・・・・だったね。

         rordsutar003.jpg

この色のNAロードスターが欲しいの・・・・早く「しあわせ」になりてー。


2016.11.17 エンスーになりたい
突然ですが、アタクシ、「エンスー」になります。

エンスージアスト(enshusiasut)、熱狂的な支持者。略して「エンスー」
イラストレーター、故・渡辺和博氏が、月刊誌として発行されていた二玄社の自動車雑誌「NAVI」に
執筆していたコラムのなかで自動車趣味の人を表現する言葉として発明された「エンスー」。
アタクシはその「エンスー」になりたいと常々思っていた。そして、常々思いながら四半世紀。
ついにそのチャンスが巡ってきた。「エンスー」になれるかもしれないチャンス。
しかし、「エンスー」になるには熱狂的な物品が必要である。つまり、趣味的な自動車ね。
趣味的な自動車であるからには、新車で買えて、普通に乗れて、経済的で、故障もしないで
楽ちんに運転できる自動車なぞは「エンスー」な人が運転する自動車ではない。「エンスー」は
苦労を苦労とは思わない。苦労を楽しめてこそ「エンスー」である。よって、中古で、マニュアル
ミッションで、二人乗りで、修理しながら使う覚悟で手に入れなければならない。そして、運転す
ることが最高に楽しい自動車でなければならない。アタクシにとってその自動車とは?
rordsutar001.jpg
これです、1989年、9月1日に発売された「ユーノス・ロードスター」 。エンスーの間ではNAロードスター。
去年のモデルチェンジで4代目、NDロードスター。初代がNA,2代目がNB、3代目がNC。
NDロードスターを試乗して、そしてホンダのS660にも試乗して、やっぱり欲しいライトウエイトスポーツカー。
別名オープンツーシーター。この夢を山の神に相談すると「良いわよ」の天女のような優しいお言葉。
アタクシは天にも昇る思いで、友人の紹介で知った自動車屋さんに相談し、現在物色中。
さて、アタクシは「エンスー」になれるのでしょうか?もう、ワクワクドキドキの毎日です。

画像は発売当時、カタログに掲載されていたBow氏の描いたロードスターのイラスト。カッコイイイイイ!

2016.11.10 達筆にもほどがある
【生誕300年 若冲の京都 KYOTOの若冲】京都市美術館にて

今を時めく伊藤若冲。なぜにこれほどの人気を博すのか?
たぶん、絢爛豪華、キュートにして微細な「樹下鳥獣図屏風」や超具象的表現の「群鶏図」にみられる
尋常じゃない細部の描きこみが、普通の日本画じゃない「奇想の画家」としても評される特殊性からだろう。
しかし、この二作品、それはそれは敵もさる者(主催者のことね)、同時に見られるようなプログラムは組ま
ず、この時期(つまり11月中旬)は両方ともみられない端境期で、拍子抜けするぐらいあっさりとした水墨
画のオンパレード。だからか、入場者も言うほどのことはなく、わりとじっくりと観られることができた。
で、その水墨画であるが、今まで見てきた水墨画と比べても尋常じゃない線のきれいさと墨の濃淡の美しさ!
例えば、アタクシが宇宙一の水墨画だと思っている長谷川等伯の松林図屏風を隣に持ってきたとしよう。
たぶん、松林図屏風の荒々しい筆さばきや墨の色の安っぽさが眼についてしまうだろう。
まあ、それほど若冲の水墨画は繊細にして丁寧。高級感がある。全品見応え十分。

jakuchu01.jpg

それはそうと、一幅の水墨画を観ていてふと思った。水墨画って基本、一発勝負の世界。いらん考えを持
たずに一基果敢に攻める絵画。観てるだけじゃもったいないので、もし自分がその絵を描くとすると、どこ
からスタートして、どこで終わるのか妄想してみた。
例えば、この作品。重なった二羽の鶴を描いた作品だが、あなたならどこから攻める?

まず、薄墨で手前の鶴の胴をひと筆で一気に円を描き、続いて尾っぽを濃い墨でちゃちゃと描き、いや、ま
ず足か?それとも、尾っぽのグレーの部分か?まあ、とりあえず、細い筆に変え、頭くちばし、奥の鶴の頭
部を一気に描き、筆を刷毛に変えて、地面のニョロニョロした線をサアーッと引いて、また、細い筆に変え、
手前の鶴の嘴、足の点々、ニョロニョロの上に重なるように点々を打ち、他、細部を仕上げて一著上がり・・
・・・・その間五分。
なんて、アタクシできっこない。第一、完成した作品を見ながら文章を書いていても「?」と迷う部分があるく
らいだから、自分ではできないけれど、若冲になった気分で制作の追体験、バーチャル制作っていう面白い
遊びを発見した。まあ、何点かやってみたけれど、実際にはできっこないから途中で空しくなったけれどね。
観終わって、若冲って筆達者だなー思った。いや、筆記用具として、筆と墨を使っていた時代の日本人はみ
んな筆達者。だってそれを使うしかないんだもの。だから、毎日使っていると自然と筆・墨・水の使い方を体
が覚える、基礎ができている。もう、現代日本人とはベースが違う。現代では毛筆自体、伝統工芸になっ
てしまった。「筆達者」という言葉も死語にちかいか、特殊な語句になってしまった。こんな風にパソコンで文
字入力が当たり前になって、最後には話し言葉を文字に変換すことしかしない人間の時代が来たら…。

杉本博司のロストヒューマンじゃないけれど、文字を書かなくなった人類は、どんな絵画を残すのだろう。

2016.11.07 異文化交流
神長官守矢史料館は藤森建築としての魅力に加え、諏訪大社の神長官として、祭祀を司っていた守矢家に
代々受け継がれている史料を展示している。これにも興味を持っていた。それは、アタクシ達関西人はどうし
ても「神様」といえば「古事記」にみられる「農耕神」。収穫祭の祭事をイメージしてしまい、供物のほとんどが
穀物とそれを加工したもの、魚介類。例えば、奈良公園の鹿は「神聖化」されているように、獣類を供物にす
ることはない。農耕文化が勢いを持った比較的新しい時代からの神事。それに比べると、この資料館の展示
を見ると、鹿やイノシシ、ウサギなどの獣類が貢物の中心。これはどうみても弥生以前の、縄文時代から続く
土着信仰が息づいているように感じられる。これは興味深い。アタシ達関西人からみれば異文化。
アタシ達関西人はたぶん、文明という社会が発生した後の、新しい時代に中国・朝鮮半島からやってきた末
裔。この地域の人々はそれ以前の縄文人の末裔。それでは縄文人の祖先は、どこから日本列島にやってき
たのだろう。最近、その歴史が解明される糸口をつかむ研究が発表された。

現在の日本列島に住む人々は、形態や遺伝的性質から大きく3つの集団、アイヌ、本土日本人、琉球に分
かれる。この3集団にはどのような成立ちがあるのだろう。数千年、土に埋もれていた縄文人のDNA配列解
析から現代へとつながる歴史が見えてきた。
これまで、縄文人の起源が東南アジア、北東アジアのいずれかについての議論が長く行われてきた。形態
的には東南アジア人に近いが、縄文人のミトコンドリアDNAと現代人のDNAを用いた遺伝学的研究からは
北東アジア人に近いという結果が出ていたのである。今回私たちが得た配列を現代人と比較したところ、縄
文人はいずれにも属さず、東アジア人の共通祖先から分岐したという系統関係になった。
つまり縄文人は、これまで考えられていたより古い時代に他の東アジア人集団から孤立し、独自の進化を
とげた集団である可能性が出てきたのである。縄文人がいつ、どこから日本列島にやってきたのかを知る
ためには、今後、多くの縄文人と他の地域の東アジア古代人の核ゲノムを解析することが必要である。
(http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/087/research/1.htmlより抜粋)

アタクシは縄文文化が好きだ。それはたぶん、土器や土偶のデザインがどうも理解しがたいからだ。
上記の研究成果を読んでなるほどと思った。縄文美術の「理解しがたさ」は、我々現代人のDNAとは異な
るところからきていたのだ。つまり、私達関西人にとっては異文化。神長官守矢史料館のあと、茅野市にあ
る尖石縄文考古館の展示を見て、その異文化の「わからなさ」と「パッション」に圧倒された。

005-2083.jpg
2016.10.23 この人が好きだ!
005-2051.jpg

「この人が好きだ、といえる日本の著名人をあげよ!」と問われれば・・・・本人と会って話したことは
ないのだが。うーむ、いっぱいいすぎて難しいなー。そのうちの一人が建築家・藤森輝信氏

藤森照信は、日本の建築史家、建築家。東京大学名誉教授、東北芸術工科大学客員教授。東京都
江戸東京博物館館長。専門は、日本近現代建築史、自然建築デザイン。日本建築学会の建築歴史・
意匠委員会委員を歴任。(Wikipedia)

藤森氏が設計した建築を実際に観てみたい、という思いは、氏の著書「タンポポ・ハウスのできるまで」
や赤瀬川原平著「吾輩は施主である」を読んでからずっとあって、特に処女作「神長官守矢史料館」は
一度は訪ねてみたいと思っていた。それがやっと叶えられた、嬉しー。

005-2006.jpg

初めてこの建築を写真で見たときは衝撃的だったなー。
4本の原木をそのまま柱に使い、それが屋根を突き破ってるんだもの。正面から見ると「角」。
全体のイメージも「古城」を感じさせ、鉄とコンクリートやガラス、アルミニュームをふんだんに
使い四角い箱を組み合わせた近代建築(アタクシが知る限りの)の常識から逸脱したデザインは、
この人が建築史家として歴史を研究してきたうえで出てきた答えなんだろうなー、とも思った。
歴史を素直に受け止め、流行り廃りや、世間の評判とは遠いところで思考し、現実化する芯の通
ったものの考え方。ブレテない、そういうところが好き。
案内の方の説明では、藤森氏は最初、この建物を土と木と石で作りたかったんだって。しかし、
資料を所蔵するためには鉄筋コンクリート造でないと許可が下りないので、やむなくコンクリートを
使ったらしく、どうしても「土」の素材感がほしかったので、コンクリートに色粉とわらを混ぜ、そんな
今まで誰もやったことのない材料を開発したそう。「これはこうでなければならない」と決めつけず、
どうにか「そのようにする」柔軟さ。そんなところも好き。

藤森氏はこの作品以降、共同設計者の方々と27、彼だけの設計で10の建築作品を残しているが、
最新作は岐阜県多治見市にある「モザイクタイルミュージアム」。画像を見る限り、これまた凄い。
「山」を縦にぶった切ったようなデザインなんだもの。これもまた見に行きたいなー。