2012.05.16
ゼラチンシルバープリントはいずこへ・・・・

FinePix X100
ライカが白黒(モノクロ)専用のM型デジタルを発表し、買った人には、このカメラで撮った
白黒デジタル写真を、デジタルプリントではなく、銀塩写真にしてくれる有料サービスを盛り込むらしい
情報を読んで「ふーん」と不思議に思ったのと、今月号の美術手帖に今までデジタル出力で作品を制作していた
写真作家が、一転銀塩作品を発表し、その個展の批評欄に「薄っぺらいデジタル画像のあやふやな現実感・・・・」
というようなことを書いてあったのを思いだしました。
美術館に展示している「白黒(モノクロ)写真」を鑑賞していると、横にあるキャプションの技法の欄に
「ゼラチン・シルバープリント」ってよく書いてあります。最初、どんな技法なのかなー、と不思議に
思っていたのですが、解説文なんかを読んでみると、日本語で「銀塩写真」と呼ばれているものです。
今も多くの写真作家が拘って制作しているし、この技法の職人さん、プリンターなどという職業もある。
20世紀後半、つまりデジタル画像が出現するちょっと前、この写真技法の白黒(モノクロ)のクオリティーが
頂点を極めた時代だったらしく、多くの写真家がそのプリントワークに情熱を注ぎ込み、
また、プリンターの力を借りて、名作と言われる多くの作品を残しています。
この写真作家は今回の自作についてこのようにコメントしています・・・
光に反応した銀粒子の残骸を集めて会場に並べるというイメージから逃れられなかった。
画面の中味はどうでもよくなっていた。ここにあるのは崩壊した光の残骸である。
あるいはイメージをつかみ損ねた自分のみじめな軌跡かもしれない。
しかしいずれにしろ、最もシンプルな写真行為があることは確かだ。今はそれで十分な気がしている・・・・
昔、当たり前のように「銀塩写真」だった写真が、どんどん遠くへ行ってしまっているな、と思った今日この頃。
2012.05.10
新緑の美しさをモノクロで表すのは・・・
新緑の美しさをモノクロで表すのは無謀な行為か、はたまた愚行か?
・・・という話になってね、わたしゃ思わず言ってしまったね。「そりゃ、意味ないね」と・・・。
いや、すまなんだ、今イメージしてみると「そうでもない」かも・・・。
「新緑の美しさ」であるわけですから、「新緑の色」を出さんことにはどうにもならん、とつい思ってしまった。
思ってしまったけれど、「そうでもない」と思いつつ、そうそう簡単にはいかんだろうというのが今の私の見解。
だいいちデジタルのカラーで撮ったとしても、自然に見える新緑の色再現は困難を極めるだろう。
もう一度書くけれど、なんせ「美しさ」であるから、その日の天候だの、ホワイトバランスだの、露出補正だの、
もしかしたらフィルターなどを駆使して挑まないと「美しさ」は再現されないだろう。
それでは、モノクロで「美しさ」を表現できるだろうか?
モノクロで「新緑らしさ」を出そうとすると、思い出されるのが赤外線フィルター。
![sakurei6mini[1]](http://blog-imgs-51-origin.fc2.com/w/a/s/washiaya/20120508210710ab5.jpg)
http://www.ii-tripod.com/ir/ir-filter.htmlより転載
しかし、上の作例でもわかるように、このフィルターを使うと「新緑」と、
「積雪」の中間ぐらいで現実感がないな。(却下)
モノクロ用のコントラスト調整フィルター(黄色とか赤のフィルター)を使うか?
樹種によって葉っぱの色も違うから、その違いを正確な階調として映し出せるかどうかが勝負だな。
うーむ、記事を書いていて行き詰まってしまった。
トライ&エラーで、実験しながら自分のイメージに近づけるしか道はなさそうだな。
・・・・ということは、「新緑の美しさ」は一筋縄ではいかないと言うことです。ハイ
・・・という話になってね、わたしゃ思わず言ってしまったね。「そりゃ、意味ないね」と・・・。
いや、すまなんだ、今イメージしてみると「そうでもない」かも・・・。
「新緑の美しさ」であるわけですから、「新緑の色」を出さんことにはどうにもならん、とつい思ってしまった。
思ってしまったけれど、「そうでもない」と思いつつ、そうそう簡単にはいかんだろうというのが今の私の見解。
だいいちデジタルのカラーで撮ったとしても、自然に見える新緑の色再現は困難を極めるだろう。
もう一度書くけれど、なんせ「美しさ」であるから、その日の天候だの、ホワイトバランスだの、露出補正だの、
もしかしたらフィルターなどを駆使して挑まないと「美しさ」は再現されないだろう。
それでは、モノクロで「美しさ」を表現できるだろうか?
モノクロで「新緑らしさ」を出そうとすると、思い出されるのが赤外線フィルター。
![sakurei6mini[1]](http://blog-imgs-51-origin.fc2.com/w/a/s/washiaya/20120508210710ab5.jpg)
http://www.ii-tripod.com/ir/ir-filter.htmlより転載
しかし、上の作例でもわかるように、このフィルターを使うと「新緑」と、
「積雪」の中間ぐらいで現実感がないな。(却下)
モノクロ用のコントラスト調整フィルター(黄色とか赤のフィルター)を使うか?
樹種によって葉っぱの色も違うから、その違いを正確な階調として映し出せるかどうかが勝負だな。
うーむ、記事を書いていて行き詰まってしまった。
トライ&エラーで、実験しながら自分のイメージに近づけるしか道はなさそうだな。
・・・・ということは、「新緑の美しさ」は一筋縄ではいかないと言うことです。ハイ
2012.05.09
スナップとはなんぞや?

FinePix X100
写真には風景写真とか、人物写真とかってジャンル分け、よくしますよね。(別にしなくても良いけど)
その色々なジャンルの中に撮る対象を限定しない「スナップ」っていうのがあります。
写真の話になると自分でも使う言葉ですが、実はよく分かっていない。
よく分かっていないのに使うのは恥ずかしいのと、いつもの理屈好きな性癖から
「デジカメ時代のスナップショット写真術」大西みつぐ・著 平凡社新書 という本を読んで
理論武装しようかと思っているところです。
この本、「デジカメ時代の・・・」とありますが、もう十年前の初版だから「デジカメ」機材の事については、
今読むと相当古い印象はぬぐえない。しかし、本屋でパラっとめくって「これだ!」と、読む気にさせてくれたのが
第一章の「技法書を捨てよ、町にでよう」という大見出し。その中に著者の大西みつぐさんの娘さんが撮った
二枚の写真を引き合いに出して「表現するココロ」という一編がある。
この項を要約すると・・・・
写真を撮りたいと言い出した娘に自分の一眼レフを与えたものの、娘さんは結局その一眼レフを使わず、
使い捨てカメラを使って、友達なんかといっしょにいるシーンを撮ったりしている。
紹介している二枚の写真の一枚は、横並びに並んだ5〜6人の友人が笑顔でジャンプしている良い記念写真だ。
二枚目は、学校の2階の教室から、下にいる友人から頼まれてシューズを投げた一瞬を撮っている。
思いつきでシャッターを押したその写真は、ピントも合っていない技術的な裏付けのない写真ではあるが、
著者はこのイメージの展開にこそ表現の根幹があるのではないかと考える。
この項の最後を著者はこのように結んでいる・・・
写真を「撮る」ということは、主体的な行為である。目的があるかないかは別にして、
自分の目や手や足を使い、積極的に外界、世界に関わっていくことで達成される。
それは今という瞬間を確かに生きているという自身の発見にもつながる。












