2017.08.02 時代の流れに流される人( Forever Young )
時代の流れというのは恐ろしいもので、2016年12月時点における15~69歳男女のスマホ所有率は
64.5%となり、所有人口は推計5583万人となりました、だそうな。(SEGA ゲームスタイル研究所調べ)
詳細を見てみると、若年層の保有率が高いのは理解できるが、われら50代でさえ、ほぼ半数が
スマホを所有しているのだそう。
身内との連絡にしか使わないガラケーを持って「そんなもの必要ないよー」と、スマホいらない派
だったワタクシも、旧車(NAロードスターのことね)電脳化計画を理由に、ついにiphoneを買った。
ipadを使っていたから、その便利さは十分理解していたが、いや、ほんと、楽しいおもちゃだわ。
ロードスターにはBluetooth対応の廉価なカーオーディオをつけた。
だから、音楽とNavi、電話通話はスマホを介して最新のカーエレクトロニクス。
いやはや、数年前は6連奏CDチェンジャーやら毎年更新しないといけない地図ソフトやら、
ハンズフリー機能やら、高額になるカーオーディオが、スマホのおかげで1万数千円で最新。
なーんも問題ない、ノープロブレム。

カメラ機能がまた良い。
巷ではコンパクトデジカメが風前のともしびになっているらしいが、それが納得できる。
画像サイズが3024×4032ピクセルもあるし、フェイク画像で雰囲気変えられるし、露出やその他
画像処理の基本もできるし(もちろんトリミングも)、動画もきれいに撮れるし、自分だけで楽しむなら
十分以上。超広角やマクロ撮影ができるクリップレンズも買っちゃったから、「ついに」ワタクシの
いつも持ち歩いているカバンから「カメラ」が消えた。(10年以上肌身離さず持ち歩いていたのに)

きゅうりを多量にいただいたので、動画で調理の仕方を教えてくれるレシピサイトを見ながら、数
種類の料理を作ったけれど、動画っていうのが良いねー、わかりやすい。超便利。

暇つぶしにどこでもいつでもニュースを読めるし、見られる。電車の中で老若男女がスマホにくぎ
付けになっている姿、外目には異様に見えるようで、実はそんなこと当の本人は気にしていない。
まあ、どんな人にも何かしらの利便性を感じる機械だからしょうがないよ・・・・罪と罰

スマホを使いこなしている人にとっては「当たり前じゃん、いまさら何を」って言われるけれど、
逆に例えば、おじさんたちは、不便や手間を知っているし、その大切さも知っているからこそ、
その便利さや面白さに心ときめくのだよって、胸を張って言いたいんです・・・・。
そう、竹原ピストルも歌っているじゃないか・・・・

くたびれた言葉で 新しい約束を交わし
萎れた声で 新しい歌をうたおう
満ち満ちた若葉はいつだって
色褪せた枯葉の上にひらくのさ
Forever Young あの頃の君にあって
Forever Young 今の君にないもの なんてないさ  ・・・・てさ。

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2017.06.15 ひとこと言っておきたい
テロ等準備罪が深夜、可決された。
数の優位性を利用して強行採決するのは、多数決の論理の常套手段。政治の世界では、今までにも
数限りない法案が強行採決され、法律として運用されてきた。そして、私達は「ふーん、そうなの」と、
その法案に従ってこの国で生きてきた。このテロ等準備罪は様々な視点からの賛否両論。それも政治
家たち内側だけの議論で収まらず、議員以外の様々な職種、信条、思想を持つ人々がそれぞれに考え、
意見を述べられるほど突っ込みどころの多い、脆弱な、浅い考えの法案だ。賛否両論あるということは、
どのようにでも解釈できる法案だからだ。国会答弁をニュースの断片を見ていても、野党の質問に対し
ても、答えになっていない答え、いや相手を尊重しない意思疎通を欠く(というか能力のない)答え方で、
少し冷静に考えれば大人の会話じゃない。そんなあやふやな議論しかできない法案が、安保法案に続
いてワタシ達の未来を決定づけることとなった。ワタシクシは「これはいかがなものか」と思っている。

大事なのは「国」じゃなくて「民」だよね。政治家は我々「民」のために政治という仕事をしてほしいよね。
この法案が、一人の政治家が歴史に名を残すための思惑で動いている、という低俗なものではない、
と百歩譲って言わせてもらうと、今の政権は「民」じゃなくて「国」のために動いている
・・・・お国のために。
そう、我々「民」は、プライバシーや信条や思想を、お国のために捧げなければならなくなる
・・・かもしれない。ワタクシは「ふーん、そうなの。それでもいいですよ」・・・・とは思わない。

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2017.06.08 ホモサピエンスも困りもの
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Fuji FinePix X100

我々「ホモ・サピエンス」は「想像する」ことができるが、他の人類(たとえばネアンデルタール人)はそれが
できない、つまり、ホモ・サピエンスが他の人類に対し優位性を発揮できたのは、想像力のおかげであると
いう説。「認知革命」というそうです。先日、我々「ホモ・サピエンス」と他の動物との決定的な違いは何か、
ということを、おもしろおかしく解説してくれていた深夜のバラエティ番組で知ったことです。

だから、目の前で起こっている現実の世界だけでなく、主観的な世界(妄想でもある)、それも大勢の人が
共有する『共同主観的』な想像の世界にも暮らせるようになった。それが、伝説や神話、神々、宗教を生み
出し、それを共有する者なら誰もが柔軟に協働する能力を獲得した・・・・そうです。

番組を見ていた最初、「なるほどねー、そうだよねー芸術がそうだもんねー、やっぱホモ・サピエンスって
偉い!」なんて思っていたんだけれど、それが、それ以外のこと、例えば貨幣経済や国境、宗教対立なんて
いう、現代人が抱えている問題のすべてが、ほぼこの「想像力」があるがための問題でもある、ということが
解ってきて、いつのまにやらホモ・サピエンスはこの想像力による虚構に縛られた世界で生きてるんだなー、
となんだか空しくなってきた。空しくなったついでに、ニュースを賑わしている様々な政治的トピックを遠目に
見ていると、そのほとんどが、権力を手に入れた者の主観的妄想と、それに忖度して出世しようとする者や、
儲けようとする輩と、その反対勢力のごく私的な虚構世界に、我々が踊らされているような気がしてため息し
か出ない。いや、そんなことを言っている場合ではない。
今こそこの社会を、こんなくだらない妄想から現実世界に引き戻さなければ、とんでもない未来になってしま
うのではないか、と「想像力」を働かせなくてはならない、と想像してしまうわけです。

2017.01.01 2016年の○と×と、2017年のあけましておめでとうございます
毎年年末の恒例行事、washiaya的○と×・・・・
の記事を年末に書いて大みそかに投稿しようと思っていたら忘れてしまった(トホホ)
なので、年始のあいさつと共に・・・・・

しかーし、昨年一年を振り返ってみると、私事はかなり刺激的な1年となった。
何と言っても○はユーノス・ロードスターである。苦節25年、グジグジと、のたまっていた憧れのオープン・
ツーシーターを手に入れた。もう、そろそろ「親」としての役目も引退の時期を迎え、「個人」として生きていく
算段がついた良いタイミング。これを逃してなるものかと、一基果敢に攻めたのが良かった。(誰を攻めた?)
「憧れ」が「現実」になるのにはかなり「勇気」がいる。「セカンドカー」ならそうでもないだろう。財力があれば
簡単だ。しかし、「ファーストカー」としてのオープンツーシーターだもんね。さて、これからどうなるやら・・・。
久しぶりにカメラを買った。プラベルマキナ。これも○。ラストカメラかもしれない。
新しく出るデジタルカメラにはもう興味はないな。その点古いカメラは楽しいや、刺激的。
でも、まあ、フィルム終焉の時期が近づいているから、いつまで現役で使えるやら。
(使ってるんだけれどね、撮ったフィルムを現像してないだけ)

×は・・・そうですねー、ひとつは子供が巣立っていくというのはやっぱり寂しいもんだね。
それと、やたらとノスタルジックになってきたことかなー。つい、この間まで疲れ知らずでひたすら走っていた
のに、ちょっとペースを緩めると、途端に疲れが実感されて、「ああ、年とったなー」って感じのノスタルジック。
【歳をとると、始まりの事柄に戻っていかなければならないことがわかってきます。あるいは感傷的になれる
ものや何かへと。色々な意味で人生が閉じ、物事が簡単にはいかなくなり、わくわくすることもなくなると、
まあ、どうあらわしてもらってもかなわないですが、そうなるとノスタルジックになっていくものです。】
7月30日の記事にも書いたアメリカの画家、サイ・トゥオンブリーの言葉を再掲載する。
まあ、この先立の言葉に習うなら、×ではないかもしれないな。人生とはそんなものか?

さて、年が明け、今年は現役最後の年となってしまった。(一応の定年退職の年ということね)
まあ、社会人としての区切りの年でもあるので、「立つ鳥跡を濁さず」でいきましょうか。

それでは、本年もよろしくお願いします。


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2016.08.16 戦争の話
最初の広島への原爆投下は、時のアメリカの大統領、トルーマンの指示のもと決定されたのではない。
この核爆弾に関わった上層部の人間の、思惑や自己保身や意思疎通の欠如の積み重ねで行われた
「想像力を欠いた愚行」。NHKの【決断なき原爆投下~米大統領 71年目の真実~】を観てそう理解した。
そのTVプログラムの概略は、原爆開発を秘密裏に計画していたルーズベルトが急死し、その詳細を
いっさい知らされていなかったトルーマンは、軍部からの原爆計画の詳細を文章で提出されても、塾考
も、判断もせず、原爆開発の指揮官・陸軍グローブズ将軍の強い押しだけで実行された・・・・というもの。

なんと恐ろしいことよ・・・・そんなことで、何十万人の一般人が虐殺されるとは。

トルーマンは原爆投下後、ラジオで「これで何万人というアメリカ兵の命を救えた」というようなことを
言ったそうな・・・詭弁である。自らが「大量虐殺を指示した政治家」というレッテルを張られないための。

内田 樹と姜尚中との対談集【世界「最終」戦争論 近代の終焉を超えて】 (集英社新書)を読んでいる。
テロと戦争の違いは何か?戦争は勝敗が決まれば条約が締結され、とりあえずの決着はつく。
テロは永遠に続く。例え「敵の巣窟と思われる場所」を総攻撃したとしても、最高指導者を亡き者にしようと。
だから、これからの時代は「常に戦争状態」であると言う。その大きな要因は、グローバリズムではないか?
グローバリストの「金のある者が偉い」という価値観が蔓延し、さらに「命より金が大事」という呆れた
風潮によって、世界のあちこちが破綻している現状がテロリストを生み、一般人が殺されることとなる未来。
日本の憲法9条はそんな殺伐としたグローバル時代を、「平穏」に生きられる世界でたった一つの条文。
今まで、この条文の庇護の下で平和ボケと言われた我々は、そんな「常に戦争状態」世界で対等に生き抜く
覚悟があるのか?アタクシには・・ない。積極的平和主義なんて・・・ない。この言葉も詭弁だ。

平和主義のアインシュタインは平和主義のフロイトに「ヒトはなぜ戦争をするのか?」を書簡で問うたそうな。
フロイトは返信で「人間から攻撃的な性格を取り除くことなどできそうもない」と答え、アインシュタインは愕然
としたそうな。たぶん、攻撃的でないヒトは種として絶滅するんだろうな。
その攻撃性はどこからくるのか、差別や格差が攻撃性の要因なら、それを知性によって抑え込めるのもヒト。
いや、そんな知性がヒトにはあるはずだ。慈愛?わからないけれどあるはずだ。

【戦争中の暮しの記録―保存版】を買った。そう、巷で話題の「トトねえちゃん」、暮らしの手帖が、高度
成長期の1967年に出した別冊の復刻版。アタクシも「トトねえちゃん」ファンなので、つい・・・。
あとがきに・・・・
この戦争のあいだ、ただ黙々と歯をくいしばって生きてきた人達が、何を苦しみ、なにを食べ、なにを着て、
どんなふうに暮してきたか、どんなふうに死んでいったか、その数少ない記録がここにある。
これが戦争なのだ。それを知ってもらいたくて、この一冊をのこしてゆく。君もまた後に生まれる者のため
に、この一冊をどんなにぼろぼろになっても残しておいてほしい。・・・・・
うん、なんだかんだ戦争して、テロにあって一番損するのはアタクシ達市井の人。だから、その経験を
リアルに残してくれている市井の人達の文章のほうが、政治家の詭弁よりずっと信用できる。

2016年の敗戦記念日によせて