2017.07.29 街に名画を観に行く
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2017.07.15 半年、14000キロ
「これ、なんていう車ですか?」と、コンビニの前で煙草を吸っていると、青年に声をかけられた。
彼は28歳、ちょうどワタクシが結婚した頃の年齢と同じだ。
「マツダのロードスターっと言って25年前に発売された車だよ、当時欲しかったけれど結婚したて
だったので買えなかったんだ。それが子供たちも独立したんで、勇気を出して買ったんだよ」
「へー、そうなんですか。実は僕も結婚したんで、ジープ売っちゃったんです。また乗りたいなー。
僕も子供が大きくなるまで我慢ですね。」
「そうだね、それまで子育てがんばってね」

DIYショップに階段手すりの材料を買いに行って、駐車スペースに停めると、目の前にいたワタクシと
同じ年齢のおじんがニコニコ微笑みながら近寄ってきて、「綺麗だねー、何年式?」と声をかけてきた。
「平成3年式です。」
「実はわしも持っているんだよ、リミテッドエディション、緑のヤツね。ずっと乗っているんだけれど
幌がね、破れちゃって交換したけれど、もう、オリジナルが手に入らなくなるのが怖くって予備で
もう一セット持ってるんだよ」
「へー、そうなんですか。ワタクシ車庫がないから不安です」
「わしも車庫がないんだよ。でも、この車は本当に楽しいよねー」

職場の同僚に、帰り際声をかけられた。「夏は幌開けられないでしょう、もう暑くって大変だよねー」
そう、彼もロードスター乗りなのだ。わかってらっしゃる。「そうですよねー、幌下してエアコン
ガンガンかけても、後ろのビニールからの陽ざしが暑くって大変です。」
体験した者にしかわからない「アルアル」。ちょっと嬉しい。

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2017.07.13 空き地(今はもう誰もいない)
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2017.07.11 情緒と論理、または記憶と記録
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二人の写真家の写真集をほぼ同時に手に入れた。
ひとりは、1950年代からニューヨークで第一線のファッション・カメラマンとして活躍しながら、1980
年代に商業写真から退き、世間から姿を消したソール・ライター(1923-2013)。
かたや、1960年代より活躍した戦後日本を代表する写真家、中平卓馬(1938-2015)。制作と批評を両
輪とする当時センセーショナルを巻き起こした活動を展開し、途中、薬とアルコールで記憶を失うも、復
活した日本の現代写真に大きな影響を与えたひとり。

ふたりの作品を見比べると「情緒と論理」、「記憶と記録」。
ソール・ライターの作品はジャポニズム。大胆な構図は浮世絵に由来する。そこに、印象派から派生し
たナビ派のおしゃれさが加わり、使うレンズは中望遠。まさしく「絵画」的にニューヨークという都市を
大胆に切り取る。都市に住む人にこそ撮れる画像だ。構図といえば巨匠ブレッソンだが、彼の完璧な画
面構成は「一瞬」の凄みがあるが、この写真家は一呼吸おいたショット。凄みはないが情緒がある。
だから、どこかで見た情景の記憶として共感できる。そこが良い、フレンドリー。
ワタクシはこの絵画的な情緒感に惹かれてこの写真集を手に入れた。

中平卓馬の写真集は生前最後に訪ねた沖縄の作品集。中平は森山らと開発した「アレ・ブレ・ボケ」の
情緒感たっぷりの表現を自ら完全否定した。以降、その表現を封印し、深い被写界深度で「そのもの」
を標本するかのように画像を残した。「そうすべきである」という論理が先に来ている。視線の標本。
掲載されている画像は、中望遠のレンズで撮影された左下がりの情緒感ゼロの縦画画像。
「うん、沖縄で撮った写真だね」としか言いようのない、他者にとっては共感しづらい画像ばかり。
これもまた、写真。カッコいい。クール。
この写真家の残した視線を、ワタクシは「買うべきである」と思ってこの写真集を手にいれた。

2017.07.10 彼女の居場所
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2017.07.09 澱む空気と、それさえない
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2017.07.01 天平の柔らかさ
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「出かけよう、日美旅スペシャル 奈良 美仏の都へ」で紹介された聖林寺にある国宝、十一面観音像です。
美しいプロポーションだこと。
天平時代の仏像彫刻といえば、阿修羅像を代表とする興福寺にある仏像群。
どれも美しく、何度見ても飽きのこない造形は、当時の仏師たちのリアリティの追求から生まれたもので
あろうことが、想像できます。しかし、そのリアリティは西洋彫刻のコチコチの大理石を刻んだ彫刻にはな
い、木心乾漆で成形された、木くずと麻布の柔らかさが、観る者の心を優しく包み込むのでしょう。
この十一面観音像の美しさも、2メートルはあろう高さの大きなお姿にもかかわらず、決して人を圧倒する
事もなく、「お慈悲」という言葉が相応しい佇まいでした。
お寺の場所は、紅葉で有名な談山神社へ奈良市内から行くルートの手前、桜井市内を一望できる山の
中腹にある観光ルートから外れた静かな場所。まさに、そんな場所にひっそりと安置されている秘仏です。
ちなみに、観音像の画像は「あの」入江泰吉が撮影した写真をポストカードにしたもの。

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