2009.10.17 感覚の写真
rd1EPSN9279.jpg
EPSON R-D1 with SUMMARON 35mm F3.5 ( L )

以前紹介して、モネをきっかけに巨匠数珠繋ぎシリーズに突入した
「絵画の二十世紀 前田英樹・著 NHKブック」を未だに読んでいます。
文章が私には難しくって読んでいるとすぐに瞼が重くなる。
だから、その内容を理解できているわけではないのですが、
著者が頻繁に使っている言葉に「感覚の絵画」というのが登場します。
かいつまんで言うと、モネ以前の絵画は「視覚の絵画」、
セザンヌ以降は「感覚の絵画」というのです。
なるほどネー、と思ったわけです。
私なりに解釈すると、モネ以前の画家は自分の視覚に根ざして絵を描いたと・・・
そして、20世紀絵画の父と言われるセザンヌ以降の画家
(著作に登場するのはセザンヌ、マティス、ピカソ、ジャコメティ)達は
自分の感覚を信じて描いたということを著者は言いたいのかと・・・
なるほどネー
だから、リアルな絵じゃないのか、
だから、「個性的」なのか・・・

・・・・・と長い前フリで・・・・
・・・・で、写真で、これができないものか?と思ったわけです。
「感覚の写真を撮る」と言うことです。
「感覚的に写真を撮る」とは違う(それは皆さんやってますよね)
感覚の写真を撮るっていうのは、「撮ろうとする被写体の向こうを見る」って感じかな。
向こうというのは距離じゃなくって時間とか意味とか、そういうこと。
ああ、それでまた椎名誠さんに登場して貰いますが、
椎名さんが書いたエッセイの一文に「ボールペンは哀しい」というのがあります。
インクが残っているにもかかわらず、出なくなって放置されているボールペンは哀れである、
という物の見方ですが、これはある意味哲学だと思うんです。
そういう物の見方をしてシャッターを切ろう、と言うことです。
それはどんな写真なの?と訊かれても困るんですが、
著名な写真家はこれがあると思うなー(いや、きっとある)

 
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