2010.05.28 セザンヌの等価値
視点の差を絵画に取り入れた革新の画家・・・
セザンヌは20世紀絵画の基礎を作ったと人は言う。
私もそう思っている。
印象派以前の、西洋絵画の肝でもあった遠近法の呪縛から平面絵画を解きはなち、
「現実のイリュージョン」としての絵画を独立させた功績は計り知れない。
しかし、このような評価は「今にして思えば」である。
セザンヌの考えをマティスやピカソ、ブラックなどの「その後の作家達」が再解釈し、
そしてまたまた「その後の作家達」がその影響を受けて今に至る、である。
それでは、セザンヌ自身は「なぜ」多視点を思いついた?
多視点を絵画に取り入れることの目的はいったいなんだ?
もし、セザンヌが雷に打たれて死ななければ、どこまで作品を昇華させていったのだろう?

後輩の同僚に「セザンヌはどこに着地点を置いていたんでしょうね?」と聞かれて答えられなかった。

cezanne002.jpg
レ・ローヴから見たサント・ヴィクトワール山 1904-06年頃 油彩・画布 バーゼル美術館

セザンヌ好きの後輩に、このことを話すと、
「画面の隅々まで等価値に置きたかったんじゃないですか」とヒントをくれた。
そこでハタと思いついた。
セザンヌは今そこにあるモノも、自分の描いたモノも等価値にしたかった。
現実の従属でしかなかった絵画を、現実と同じ価値にしたかった。
上の作品を見よ!空も山も森も村もほとんど解体され、
「固有」のアイコンはほとんど姿を消している晩年の作品。
あと、何回かセント・ビクトワール山を描いていたら、
もうほとんど縦・横・斜めの筆致だけの色の集合体になっていただろう。
今、私のセザンヌの解釈はこんな感じである。そして、ここまでしかわからない。
これって、答えになってないよねー。
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