2010.07.08 視点の視点
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PEN E-P1 with Summilux-M 35mmF1.4

写真を撮るとき、ピントを合わせますね。(当たり前です)
ピントを合わせる場所は、撮る人の意思によって決まりますね。(当たり前です)
それでは、撮る人はなぜピントを合わせるのでしょう?
例えば、明るいレンズのボケ味を楽しみたいとき、どこかにピントがしっかり合った場所を作りますね。
すると、その写真を見る人は、「ああ、この人はここを見せたかったのか」と
その写真のピントの合った場所を確認して、納得したり、安心したり、感激したりしますね。
そこで、その写真は成立するわけですね。
つまり、撮った人の視点が、その写真を見る人に理解され共有されるわけです。

しかし、そうじゃない視点というのもあって良いんじゃないか?と友人の撮ってきた写真を見て思ったのです。
友人の撮ってきた写真は広々としたコスモス畑の早い夕暮れ時を、レンズの絞りを開放にして、
遠くから撮ったモノでした。当然、近景のコスモスの花や遠景は綺麗に呆けていて10mぐらいにある
赤い色をした花にピントが合っているような、合っていないような・・・。
私はその写真を、凄く良いなー、と思ったのですが、どうしてそのように感じたのか考えてみたのです。
それは、撮った人の視点がわからなかったからじゃないか、と思ったのです。
言い換えたら「あやふやな視点」が心地よいというか・・・・。
友人は「ボーっとした視点って言うこと?」と訊いてきたのですが、そうでもない。
だって、撮った人は「ピントを合わせている」し「どこかにピントが合っている」から。
その写真を見る人の思っている視点とずれている写真。どう?

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梅雨の晴れ間の夕暮れ時

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