2010.11.21 アレ・ブレ・ボケの真実
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PEN E-P1 with Kern Arau Macro-Switar 50mm F1.8 L-mountadapter デジタルエフェクト

本業が忙しすぎると、どうも右脳の勢力が強いようで左脳の働きが弱くなっているようです。
まあ、それを生業としているのだから仕方のないことですが、最近はちょっとカメラを触る機会が減っています。
それに、中平卓馬という写真家についての評論を読みつつ、古い美術手帖にあった中平卓馬VS森山大道特集とか、
日本の写真史特集なんか眺めていると、そのディープさに圧倒されて「私は写真を撮ってどうしたいのだろう?」と
脳味噌がなんか変な方向へ走ってしまっています。(つまり、頭でっかちになってしまっている)
こりゃ、いかんわ・・・

んでも、気になった事もあるんで、ご紹介しておくと「アレ・ブレ・ボケ」は森山の専売特許じゃないんですよね。
中平も同時代に同じ事をやっている。もちろん森山との親交は深く、刺激しあっったことは想像できます。
その「アレ・ブレ・ボケ」。
かっこいいなーと思ってGRdigtalでマネっこしたり、EP-1のアートフィルターで遊んでみたりしたことがあるけれど、
中平がどうしてこの写真表現を試みたのか(森山もか?)写真の勉強をしていて少しだけ理解できた。
自分の言葉だと軽くなっちゃうので、フランス文学者・江澤健一郎の論考を抜粋すると・・・・

・・・カメラが、撮影者の身体、その行為と連動して世界と対峙したときの、撮影行為の痕跡が、指標化される。
手ブレと連動したカメラの振動が、遅延化されたシャッター速度の間隙に生じる運動が、画像のブレとして指標化される。
撮影する身体、眼球がファインダーを通して世界と接触したときの視覚の混乱、知覚不調、あるいは性急な撮影がピンぼけとして指標化される。
・・・中略・・・それは身体的な撮影行為の間接的証拠である。


身体的な撮影行為の間接的証拠・・・これだね。
最近のデジカメに登載されているラフモノクローム(オリンパスの場合)を使う時、
中平や森山の、このような思考を意識しながら使うと、表面的な意匠としての表現ではない
撮影の醍醐味を味わえるんじゃないかなー、と思うのですが、いかがでしょうか?

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