2011.01.31 先入観
SDIM0115.jpg
SIGMA DP2s  Date F2.8 1/2000 ISO100 絞り優先AE

昨日の拙ブログの記事を読んで友人がその新聞を見せてくれた。
しばらくすると、カメラ好きの別の友人が遊びに来たので、その記事を見せて
「写真家のコメントが撮るときのヒントになるよ」と偉そうにワタクシ。
すると、その友人、紙面のトップを飾っていたジョナス・ベンディクセンの写真を見て
「良い写真だねー、報道写真は社会に必要な写真だねー」・・・
ページをめくって別の作者の写真を見て「あ、これは必要ないや」などと言うもんだから・・・

・・・彼は私の餌食になってしまった。

「新聞に載っている写真」=「報道写真」=「社会的なメッセージ」=「社会に必要なモノ」
彼はこのような先入観で、紙面に載っていた毛色の違う写真を、軽い気持ちで分類してしまったがために、
議論の餌食になってしまった。
彼 「説明見たら、これ報道写真でしょう?貧困問題点を浮き彫りにしてるんだから、
  社会的にだいじなんじゃないの?」
私 「じゃー、このイルカの写真は大事じゃないの? 社会に必要ないの?」
   「どこで、必要な写真と必要でない写真を区別するの?」
   「説明読まなかったら、報道写真とはならないの?」
   「この動物の写真はもしかしたら報道写真かも知れないよ」
彼 「真実を伝えるのが報道写真でしょう?この写真は貧困問題をメッセージとして捉えられてるじゃない」
私 「でも、これが真実かどうかわからないよ。メッセージ性はあるけど・・・」
彼 「それを言っちゃー、おしまいでしょう」
私 「でも、昔、沖縄で暴動が起こったとき、警察官を助けようとした青年の写真が、
   警察官に暴行を加えている写真に勘違いされて逮捕されたって話あるよ」
彼 「へー、でも、この説明読んだら、社会に貧困問題を伝えようとしてるのわかるじゃない」
私 「読んだからでしょう?私、最初に見たときカッコイイ路地裏写真だなーっと思ったよ、君は?」
彼 「確かに・・・・。じゃあ、説明って必要なの、必要じゃないの?」
私 「そんなこと決めるの、撮った本人の意思でしょう?私達は写真から読み取るしかないよ」
彼 「そうかー、ところで、このあいだ、水仙がキレイに咲いていたから、ポジで14枚ほど撮ったけど、
   ぜんぜんダメだったよ」
私 「へー、だったら生け花にして眺めていれば良いじゃない?」
彼 「いや、それだと写真撮る意味なくなるじゃない」
私 「まあね、水仙のどんなイメージを狙ってるの?」
彼 「光がサッと差し込んで、キラっと輝くとか、風でなびいているとか・・・・」
私 「へー、そんな難しいシーンを撮ろうと狙ってるの?
   そんな難しいシーンを、たった14ショットで捉えようとすること自体無理があると思うんですけど・・・」
彼 「ごもっとも・・・」

・・・と、彼は私のしょうもない議論にほぼ1時間も付き合わされたのでした・・・・
因みにこの会話は一部フィクションを挟んでおります (チャンチャン)

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