2011.06.19 明治の前衛
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お久しぶりですー
梅雨時期はどうも写真を撮る気になりませんねー。

ところで、待望の青木繁の回顧展を見に行ってきました。
若くして亡くなった青木は、栄光と挫折を絵に描いたようなドラマチックな人生にスポットが当てられ、
情緒的な断片だけを紹介されることが多かったように思うのですが、今回の、現存する作品、スケッチから、
書簡、使っていた画材にいたるまですべて見せますって感じで丁寧に紹介した展覧会は、
今までなかったんじゃないかなー。
これだけ充実した青木繁の回顧展はもうないでしょう(私が生きている間は)

興味を惹いたのが、青木作品の「未完」的要素が当時の前衛である、という
ちょっと今までとは違った作品の捉え方をしているコーナー解説。
未完的要素が前衛、という意味不明の言葉しか思い浮かばないのは申し訳ないですが、
明治時代の洋画といえば「何が描かれているか」ということが一目でわかるのが当たり前の時代。
それが、青木の諸作品を見てみると、一見して何が描かれているのか判別できないものもある。
これが、前衛の証であると・・・。
ヨーロッパ美術史で見ると、この時代より少し前、印象派以前の画家は、自身の行為
(線を引いた、とか点を打ったとか)を作者自身が知ってて画面に残すことはなかったし、
残っていたとしても無意識だったのが常。
モネを代表する印象派の画家達は、それを意識し、個性として容認した。
青木と同時代の日本の画家達は、これを直輸入し、それを日本的な情緒感を入れて
「洋画」として出発したのですが、青木はもう一歩時代の先を行ってしまった。
それが、セザンヌ、その後のピカソやマティスのような自分の手の痕跡を残すことによって、
現実の写しではない、物としての存在感の表れを表現することを、ヨーロッパの最先端の表現を
ほぼ同時期に日本人の画家としてやってしまった。これが前衛!
(青木の海の幸の完成は、ピカソの「アビニョンの娘達」より3年早いらしい)

青木のこの試みといえる作品は、父親が亡くなって九州に帰るところまで。
帰省後の九州各地を転々と流浪している時期の作品は、各地の名士に請われて描いた作品ばかりで、
もう惨憺たる有様。作品に精気はないし、デッサンは狂っているし誰が見ても魅力的には映らないでしょう。
普通に描くことを追求した、なんて強がり言ってますが無理があります。

この展覧会、若い人に見に行ってもらいたいなー。
「海の幸」と「わだつみのいろこの宮」は国の重要文化財に指定されていて、
高校の日本史の教科書に載っているんだって。
日本史の教科書に載るということは文化遺産としての価値で、作品の価値じゃないでしょう。
でも、純粋に絵画としての評価をしてもらいたい。
明治維新後、近代化にひた走って列強諸国に負けじと頑張った日本人の一人として、
前衛的な表現を試みた青木の東京時代の作品は、失敗を恐れない勢いがあると思うのです。

だって、今の日本のおじさん達は、九州時代の青木の作品みたいに萎縮しちゃって、迷走してますもんね。(意味不明)

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