2011.10.02 記念碑
コレ、ゲージツです。
関根伸夫という現代美術作家の「位相 – 大地」という作品です。
ちょっと説明させて頂くと、この作品は1968年に行われた第1回神戸須磨離宮公園現代彫刻展に発表され、
当時の美術界に大きな影響を与えたもの。それが、神戸芸術工科大学の中庭に再制作され、展示されている
という情報を得て、見学しにいったというわけ。
3年前に、「多摩アートラインプロジェクト」という展覧会で再制作されているようですから、これは再々制作か?

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当時、展示されていた様子。作家が仲間と共に人海戦術で制作されたというから凄い

コレ、日本の戦後美術史の記念碑的存在で、日本美術史に必ず紹介される作品です。
興味ない人は「ウーム???」となってしまうでしょう。
実は私も、知ってはいましたが「ウーム???」な人で、今回偶然にも神戸という近場で現物を
見られることとなり、気になるなら行って確かめるべし!と一人車を飛ばして行ってまいりました。
で、現物を見ての感想は・・・・
やっぱり「ウーム???」に近い。
近いけれど、写真で見るより断然説得力があるな。
なぜ、説得力か?(この話をしだすと長くなるんですが、やっちゃいます)

1960年代後半から1970年代の日本の美術業界の若き芸術家達の一部に「もの派」という
自然物と人工物を用いた作品を制作し、発表する作家が現れました。
「もの派」は「もの」をできるだけそのままの状態で作品とし、作者が何かを伝えようと作為することを極力避けて、
「もの」を違う形で再構成するだけで見る側の創造性に委ねる作戦に出ました。
見る側の立場から言うと、
鑑賞者はその再構成された「もの」と、「もの」が展示された空間に、鑑賞者それぞれの感性で、
自分とその作品の関係を探りながら楽しむ、というところでしょうか?
「もの派」と言われる作家達、業界的には関根伸夫、李禹煥(リ・ウーファン)、吉田克朗、小清水漸、榎倉康二、
菅木志 雄、高山登、成田克彦などの名前が取り上げられますが、グループ化しているワケではなく、
それぞれが活動していたのをなんとなくひとまとめにした名称です。

作家達は自作品を紹介するとき、非常に難解な理屈を述べて、また批評家達も難解な解説をするので、
正直なんのこっちゃわかりませんが、関根伸夫もこの作品についてこう語っています・・・
「赤裸々な大地が固まって目の前に存在している、皆、物凄い現実の物体の迫力に声を失い、立ちつくしていた… 
凸と凹の土魂の物体の迫力、物性の強靱さに敬服した。静かな空寂とした時間の流れが感じられた… 
<モノ派>誕生の瞬間であった。」
http://www.tokyoartbeat.com/tablog/entries.ja/2007/09/an-introduction-to-mono-ha.htmlより転載

私は李禹煥と榎倉康二の作品が好きで、何度か個展を訪ねたこともあります。
好きなのですが、このような理屈をそんなに理解しているわけではありません。
ただ、「自分の感性」に合う自然素材を使っていたり、饒舌ではない東洋的な静けさ(千利休的な美)を持った
風情が気に入っている、という自分なりの解釈をしているだけです。

話がいつものようにマニアックになってしまいました。
しかし、このような作品をこれまで見た記憶があることで、
今の自分が撮っている写真のモチーフにもなっています。(錆びたトタンとか汚れた壁とか)

今、そんなややこしい理屈作品の記念碑が神戸芸術工科大学で一般公開されています。
会期は10月14日(金)まで、朝の10時から夕方の5時まで自由に見られます。
理解不能な作品を目の前にして、自分なりの思考を巡らすのも一興。
それを自分の土俵で楽しむのが、鑑賞の仕方かも知れません。
そして、もの派の作品は写真などでは到底楽しむことができません。
「物」と自分が直接関係しないと、作品としての説得力がないのです。
(いや、直接、関係を持っても、凡人には理解出来ない部分はありますけれどね)

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