2011.10.17 癒す絵画
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いつも興味深い本を紹介してくれるN氏。
今回は 「あなたは誰?私はここにいる・・・」姜尚中(カン サンジュン)著 集英社新書 を貸してくれました。
そして、私はこの本を読んで、我が意を得たりと膝を叩いてしまったのです。

NHK新・日曜美術館の司会を務めた著者が、今まで出会った古今東西の絵画や彫刻の魅力を再発見していくエッセイ。
膝を叩いたのは冒頭で紹介されているアルブレヒト・デューラーの自画像について。
私が、今年の春に訪れた大塚国際美術館のタイル模造品で見て、記事にした自画像だ。
それが、冒頭に登場し、姜氏の若き時代の思い出と共にこの作品について書かれています。

はじめに 
わたしたちは今、どこにいるのか
わたしたちは今、いったいどこにいるのか。
多くの人びとがきっとそう自問しているに違いありません。
経済的な混迷や傷む社会の絆、格差と貧困、そして社会に広がる憤懣(ふんまん)や怨嗟(えんさ)の声。
日本の社会は、「3・11」以前から、かなり深い痛手を負っていました。
そこに大震災に津波、そして未曾有の原発事故が追い打ちをかけたのです。
東日本大震災以前の不安や焦燥に放射能汚染への恐怖が重なり、
多くの人びとがこれまで経験したことのない心の動揺や空虚感に苛(さい)なまれているように見えます。
平凡でも幸せな普通の日常生活の安全や安心が失われていくようで、わたしたちは「めまい」に近い、
方向感覚の喪失に陥りつつあるのです。
・・・中略・・・・
わたしがドイツ・ルネサンスを代表する画家あるアルブレヒト・デューラー(1471~1528)の自画像と
出会ったのは、まさしく希望も将来もない途方に暮れていたドイツ留学のころでした。
わたしは、「在日」という自分の出自だけでなく、そもそも生きることの意味や自分がどうして生まれてきたのか、
なぜ生きるのか、この時代はどうして自分の問いに答えてくれないのか、
そうしたもろもろの問いによって堂々巡りを繰り返し、悩んでいたのです。
しかし、デューラーの自画像と出会い、わたしは自分の中から憂鬱(ゆううつ)な鉛色の空が
晴れていくような感じがしました。
「わたしはここにいる、おまえはどこに立っているのだ」
絵の中のデューラーはそう語りかけているように思え、わたしは身震いするような深い感動を覚えたのです。
大仰な言い方ですが、それは、500年の時空を超えた「啓示」のように思えてなりませんでした。
「そうだ、自分はどこにいるのか、どんな時代に生きているのか、そして自分とは何者なのか、
それを探求していけばいいんだ。ただ、どこからか与えられる意味や帰属先を待ち続けるのではなく、
自分から進んで探求していけばいいんだ」
そう決めると、何だか生きる力が湧わいてきたのです。
・・・中略・・・・
だが、そんな平凡な人間にも、何かを押し付けたり、あるいは媚こびたりせず、ただ目の前に「在る」だけで、
絵は人間の深い部分に隠され、普段自分でも気づかないような「感動する力」を呼び起こしてくれるのです。
ただ目の前に「在る」だけの絵。少なくともわたしたちがそこに近づくことさえすれば、「在る」だけで、
視覚だけでなく、心身のすべてを揺るがす絵。それは確かに特定の線と形と色から成り立っています。
けれども、その「仮象」を通じて、いやそれと不可分な関係にあることで、
絵はその美の真実をわたしたちに開示してくれるのです。
・・・中略・・・・
本書は、そのときの数々の思い出深い作品との遭遇をベースに、わたしなりに美の真実と、
人生の深淵に迫ろうとする試みの成果です。
読者の方々もきっと、芸術作品の力を通じて、わたしたちが今、どこにいるのか、
それを知る手がかりを見いだせるのではないかと思います。
                           姜尚中「あなたは誰?私はここにいる・・・」前書きより抜粋

長い引用になってしまいましたが、姜氏はこの本を通じて、そして芸術を通して人の心の有り様を問うています。
私は、デューラーの自画像を模造品でしか見ることはできませんでしたが、
それでも堂々とした正面切った自画像に強い魅力を感じました。
しかし、それがどうしてなのか、深く考えることもなく通り過ぎてしまう私。
この本を読んでその時のことが蘇り、「そうだったのか」と納得。
それは、姜氏が本文でも書かれているように、「私がデューラーの自画像を見ているのではなく、
デューラーに私が見られていた」からだったのです。

たぶん、我々は姜氏のように実際の名作と呼ばれるたくさんの絵画を見て何かを感じることは、
経済的にも時間的にも不可能でしょう。それに絵画を見て深く感じる心の余裕もない。
しかし、この本はそんな私達が忘れてしまった深く感じる心を呼び起こしてくれます。
そして、今多くの日本人が抱えている心の問題を、芸術の力で癒すことができるのではないかと
感じさせずにはおれないエッセイです。

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