2011.12.31 2011年の○と×
 身辺にたいした話題もなく、新しく撮った写真もなく、ブログ記事を書く意欲も減退してしまった年の瀬。
しかし、今年の締めとして恒例の○と×は書いておこう。
 今年は自然の脅威が、私の個人的な事なんて吹っ飛ばしてしまった。
 
 3月11日午後、仕事場にいた私は、紀ノ川沿いに設置された防災放送が
「津波警報発令!沿岸部の方は至急高台に避難して下さい」と何度もがなり立てていたのを聴いていました。
「津波警報発令」自分にとってリアルティのない言葉。
いつもと違い、何度も放送されていることに違和感を感じた私は、何か情報を得られるだろうとテレビのある
フロアに向かいました。フロアでは同僚達がテレビに釘付けになっている。
そこには、仙台平野を飲み込んでいる津波のリアルタイムのニュース映像が写り出されていました。
迫ってくる津波から逃れようと右往左往する車、海水に飲み込まれ土埃を立てて流される民家。
 私は、この映像を忘れられない。
 東日本大震災、紀伊半島の台風被害を目のあたりにして、私は自然の容赦ない大きさと、
地球という球体の表面にある、薄皮の上で生きている人間の小ささを改めて実感しました。
そして「人」はそんな自然の驚異にさらされながら生きていることも・・・。

 その中で起こった原発事故に×
薄皮の上に建造された人の手に余るエネルギー製造施設は、地球規模としてはちょっとした振動によって
もろくも崩れ去り、人々を恐怖させ、それを収束させるのに30年から40年もかかるという。
人の一生の物差しで考えると途方もない時間だ。
 実は1週間前、近くにある倉庫が火を出したという連絡を受けて地区の消防活動に参加した。
200坪程度の広さの倉庫には100円均一ショップに卸す商品が置かれていたそうで、ほとんどがプラスチック製品。
昼夜を徹して水をかけ続けたが火は消えない。溶けたプラスチックのかたまりの中に熱がこもり、
水をかけても表面が一時的に冷えるだけで、消えたと思っても、また燃え出す。
結局、プロの消防士はもちろん、近隣の消防団員延べ人数100人以上参加して鎮火するまで24時間かかった。
原発の作り出すエネルギーに比べると、ほんの小さな場所で起こったエネルギーの暴走。
それを押さえ込むのにも、多くの人間が必死になって関わった。

 いつものように脈略のない記事になってしまいましたが、
 震災や水害などの自然エネルギーの暴走をコントロールできる力は人間にはない。
それより、それ以上のやっかいなエネルギーを手に入れ、その恩恵にあやかって生活している私達。
そのやっかいな原子力エネルギーの事故には×をつけたけれど、原子力エネルギーについてどう判断すべきか、
本当のところ私はわからない。ただ、日本にある原発が次々と停止しているのに、自分周辺の生活が
全く変わりなく営まれている事実。だから、「原発自体×になって欲しい」というのが、正直なところ。

 ○はあるのか?
 最初に書いたけれど震災以降の日本の状況が興味の対象になってしまって、
個人的な○×なんか被害を受けた人々のことを考えると微妙なんだよねー。

 でも、ひとつ○をあげるとすれば、今年の印象を漢字一文字で表す「絆」をかいま見られた消防活動。
 普段の団員活動と言えば訓練だとか歳末警備だとか出初め式に集まって、ウダウダと酒を飲んでいるだけの
集団で、たいしたことはないと思っていた。それに、消防活動はあくまでも地域のボランティア活動だから、
危険を冒してまで火の出ている現場まで行く必要はない。
私も、あんまり行きたくなかったから押っ取り刀で駆けつけると、火を消しているのはそのボランティアの消防団員達。
それも、火の間近で消火活動を必死で行っている。
自分自身も名前も知らない他所の団員と協力して放水活動したり、火を消したい一心で熱で溶け落ちた屋根や
鉄骨の隙間に入ってまで入り込んで消火活動をしていると、プロの消防士が「危険ですから無理しないで下さい」
とまで言われた。他人の、それも人の生死に関わらない倉庫の火事に、普段酒飲んでウダウダしている男達が、
使命感に燃えて活動している。これもひとつの「絆」。地域の絆が防災活動の担い手として機能し、
そしてそれに関われたことが今年の○かな。

来年も、震災や原発事故を引きずりながらの1年になりそうですが、着実に復興していくことを期待して
今年を締めくくりたいと思うのと共に、拙ブログを訪問して下さった方々に感謝。
(来年も続けられるかどうか不安なんですがね)
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