2012.02.23 無視された200年という年月
とある新聞のWebサイトの記事に、県道沿いの神社にある推定100年~200年の樹齢の楠2本が、
県の都市計画で、その県道が4車線化されるのを機に伐採されることが決定したことを報じていた。

記事の詳細は・・・
県が都市計画で県道の4車線化を決め、2003年度から道路に面する神社側と2本のクスをどうするか
協議に入り、神社は地元からの「クスを残したい」との要望を県に伝えたが、工事には一部の根を切断する
必要があると告げられた。心配した神社側が昨年夏ごろ、樹木医に診断してもらったところ、幹の内部は
空洞化が進み、残しておいたとしても将来倒れる危険性が高いと判断され、神社側は、悩んだ末に樹木のある
土地の売却に応じることにした。・・・・というもの。
最初、この話を聞いたときは「バッカじゃないの?」と思い、記事を読んで少しは納得し、
再度深読みすると、今またじわじわと行政の紋切り型の対応に、怒りを含んだやるせない気持ちになってきた。

たぶん・・・
住民のため、地域のための都市計画です。だから「県」の方針は曲げられない。道も曲げられない。
「神社」は私有地。気持ちは分かりますが、個人的な理由に応じると際限が無くなってしまうんです。
だから、最終判断は地主さんが決めてくれ。楠が倒れて被害が出ても「県」は対応出来ません。

私が怒りを覚えるのは初期段階でこの計画に関わった人物達・・・・
計画を立てたときに、こんなことになるぐらいわかるでしょう?
その土地の遺産だとは思わなかったのだろうか?
遺産というのは大げさだとしても、例えば楠の木の下で遊んだ記憶、季節の行事、ふとしたきっかけで
お参りした日、地域のランドマーク・・・、長い時間費やして人との関係を持った存在。
そういう「意味」を理解出来なかったのだろうか?「エコ」だとか「自然に優しい」などと謳うだけで、
結局は机上の計画を遂行するだけに躍起になっている行政の姿が見える。
気の毒なのは神社側の立場。
着工ぎりぎり段階で個人としての判断に委ねられ、
「危険だから」などと言われれば伐採を承諾するしかない。

行政は「話し合った」というけれど、最初っから結論ありきだったんじゃないの?
だって、私はこの道路を頻繁に利用し、工事の様子を見てきましたが、
直線道路がこの楠を避けるようにちょっと曲がる気配もないし、楠の状態を調べたのも昨年と言うから、
8年もの歳月をかけてるのに何のアイデアも具現化されてないじゃないか。
交通量も多く、朝夕のラッシュ時には渋滞傾向にある道路だし、住宅地が密集しているから
「地元からの要望」も、損得勘定が入ってくるから、住民の中でも様々な駆け引きがあったのだろう。
その立場にならないとわからないけれど、最初の段階でクリアーしておかなければいけない問題を
後回しにし、決してイニシアチブをとろうとしない行政の姿勢が見え隠れする。

人との関わった200年の日々がたった数日でこの世から消え去る・・・
直接関わることのない者が、中身も知らないのにとやかく言うな!と思われることを覚悟して言おう。

バッカじゃないの?

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SIGMA DP2s  和歌山市六十谷 射矢止(いやと)神社
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