2012.04.04 二人の見た風景
「きれいな風貌 西村伊作伝」 黒川創・著 新潮社 を読み終えた。
西村伊作・・・地元の美術館で回顧展が開かれるほどの建築家、ということをだいぶん昔に知ってから
興味を持っていた人( ・・・とたかをくくっていたら、どえりゃー大きな文化人だった)
MSNで見つけた著者へのインタビュー(2011.10.10掲載)の一部を引用させて頂くと、

伊作は和歌山・新宮の山林地主の家系の出身。幼い時に死別した両親からキリスト教信仰を受け継いだ。
莫大な資産を背景に明治時代では珍しいオートバイを乗り回し、20代前半で欧米やアジアを漫遊するなど
異例の国際人として育った。しかし、26歳の年に運命が大きく変わる。明治43年、米国帰りの医師で、
伊作に社会主義思想を伝えた叔父の大石誠之助が大逆事件に連座して逮捕され、翌年処刑されたのだ。
新宮で逮捕されて東京に護送される大石を、伊作は船やオートバイ、汽車を乗り継いで追いかけた。
そして、自身も拘束されてしまう。黒川さんは、この挿話から伊作に興味を抱いたという。
お上を信じない反骨心と自由な思想がどう成り立ったのか。評伝では生涯を丹念にたどり、
その視野の再現に力を注いでいる。事件後の伊作は社会主義の道には進まなかった。
娘たちに理想の教育を与えようと大正10年、男女平等教育を行う「文化学院」を私費で創立し、
文化・教育活動に打ち込んだ。自分の気持ちに正直で偽善を嫌う-。
教育者でありながら天衣無縫な生き方に、黒川さんは魅力を感じるという。


・・・・良い意味で「超利己主義」、自分の信じた道を歩んだ人です。スゴクない?

R5129380.jpg
GR digital Ⅳ ビビッドカラー WB 蛍光灯Ⅱ EV-2.0
この評伝を読んでいて、ズーっと頭の中で繰り返し思い出された人物が中上健次。
時代は違えども、同じ新宮という風土で育った二人の人物。
この小さな町から時代の先を夢見ながら世界中を駆けめぐり、最先端の文化を謳歌し、自分の信念を
貫くかのように生きた西村伊作。その自由奔放に生きた西村が一時住んでいた自作の住宅から、ほんの
百メートル程度しか離れていない、「路地」と呼ぶ被差別部落で「自分とは何者か」を探すために生きた中上健次。
二人の文化人に差違はあるのだろうか?
環境、生い立ち、それらは個人が逃れようもない差違としてあるにせよ、個の内にこもることなく
広い視野を持ち、何者にも屈しない反骨心と自由な思想を持った精神という点では同じベクトルに向かう。
違うとすれば、育った環境を最大限利用した西村。真逆の、それに立ち向かった中上。
二人の巨星を生んだ新宮という町が、ますます気になってきた。

R5129360.jpg
GR digital Ⅳ

またまた、前出の記事の最後を引用させて頂こう
《小さくても善(よ)いものを》。伊作が好きだった言葉という。
周囲の価値観におもねらず、自己本位の一生を貫いた快男児の風貌は、現代でも魅力的だ。


「小さくても善(よ)いものを・・・」 良い言葉だね。
Secret

TrackBackURL
→http://washiaya.blog72.fc2.com/tb.php/1877-40e178ce