2012.06.24 ノスタルジアなココロ
ノスタルジックになる自分って、なんだか現実逃避しているようで、あんまり好きじゃない。
好きじゃないけれど、懐かしむ気持ちが強くなってきたのは、歳をとってしまったからだろうか?
でも、実際に若い頃からそういうものが好きな自分もあるのだろう。
写真を本格的に趣味にしてから、対象として興味を持つのが古い路地だったり、寂れた町角だったりと、
ノスタルジックな佇まいを撮ることが多いのは、地方都市に住んでいるから・・・
・・・かもしれないけれど、やっぱり自分の中に懐かしむ気持ちがあるからだろう。
つい最近も、路面電車が走っていた頃の映像を見て懐かしんだり、高架下商店街を歩くのが楽しかったり、
古民家カフェに興味があったり、廃線後の路線を歩く旅番組を見たり・・・・
実際にそこで住んでいたわけでもないのに、どこか懐かしい風景や場所に心躍らされる。
例えばどうなんだろう、私と同じ年齢の方で、
大都市のど真ん中のマンションで生まれ育った人にもあるのだろうか。
つまり、「共通するノスタルジアなココロ」というものがあるのだろうか?

そんな事を思って、ちょっと恥ずかしいけれど鉄道写真に没頭した高校生の頃の写真を紹介したくなった。
頃は1970年代半ば、たった3年間ほどだったけれど、バイトした金を頼りに、西に東に消えゆくSLを
追って、友達と二人かけずり回ったことが懐かしい。

EF60001.jpg gotouji001.jpg kamo001.jpg nakanoshima001.jpg

でも、個人的な懐かしさはあるんだけれど、ノスタルジアとはちょっと違う。
もしかしたら、他人がこの画像を見て感じるモノが「ノスタルジア」かもしれない。
つまり、他の誰かから発信された映像なり、画像なりが、個人の中にある経験の片隅の
幻想を刺激し、ノスタルジアなココロを呼び覚ましてくれる。

最近、メディアはそんな「ノスタルジアなココロ」を視聴者に提供してくれる事が多いように
思われるんですが、それは逆に我々がそれを望んでいるからでしょうか?
そうだとすると、日本社会が年老いた、と言えるのかもしれないし、
所謂、高齢化社会という現実を、形を変えて、まだ高齢者ではない私に示されているのでしょうね。
まあ、こういう事を考えることが、ちょっと嫌な部分でもあるんですけれどね・・・・。

ところで、上の4枚の写真、左上から・・・
阪和線・紀伊中ノ島付近、右上、後藤寺線・船尾付近?
左下、関西本線・加茂駅、右下・和歌山線・和歌山駅付近 ・・・・今はもうこの風景はない。

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