2012.08.03 無垢な絵画
国立新美術館からの巡回で名古屋にやってきた「大エルミタージュ美術館展」を見に行ってきた。
「大」が付いているから、なんだか偉そうな感じもする展覧会ではあるが、
なんせマティスの「赤い部屋(赤のハーモニー)」が見られるんだから行かないわけにはいかない。

redroom001.jpg
図録をスキャニング

いやー、いいわ。
画像で見てもらってもその良さはわからないでしょう。
なんせ、大きさが縦180㎝、横220㎝の大画面、それにテーマの「赤」も下に青緑が
所々に隠されているから、実際は微妙に色合いが違う。
こんなのが壁に飾られていることを想像するだけで気分が高揚する。

ところで、窓の外に描かれている風景の描き方はどうだろう?
小学生が一生懸命描きました、って感じで、もう、まったく無垢な造形表現ではないでしょうか?
特に、白い花を咲かせた樹木の表現なんて、大の大人が描いたとは思えない。
ましてや、マティスはゴッホなんかと違って、当時の専門的な美術教育を受けてきた人。(ゴッホは独学)
それでこんな樹を描いちゃう、これは凄いことですよ。

ちょっと前に、動物なんかのお題を出して、出演しているタレントの何人かに絵を描かせて、
本物とかけ離れた下手くそに描いたタレントの絵を笑って楽しむネタをバラエティ番組でやっていたけれど、
記憶を頼りに描くと、実物や図鑑なんかをじっくり見た経験のない人はあんなもんですよ。
例えば、宇宙理論が幼い昔の時代に「異星人がいる」なんて妄想した人が蛸みたいな異星人を
世間に公表して、それが異星人の定番になっちゃったけど、今なら笑っちゃうよね。
でも、その頃は誰も知的生命体の存在しうる条件の情報がないから平気で描けるし、
その絵を見た人も「下手くそ」だとは思わない。今ならあんな造形は生まれない。
社会的に確立した情報(簡単に言うと見た目)が表現されていれば「上手い」と言われ、
その情報に合致していなければ「下手くそ」と笑われる。
しかし、それは、その人の個性が想像にダイレクトに出るから、良い意味でおもしろい造形になるんだよね。

話が横道にそれてしまいましたが・・・
で、マティスの描いた窓の外の風景がなぜ凄いかというと、今まで「樹」なんていくらでも
見てきただろうし、描いてきたであろう大の大人が、最低限の「樹」の情報だけを描ける、っていうのが凄い!
それは、人の心を癒す装飾絵画を目指したマティスの技術なんじゃないか、と思うのです。
だって、その証拠にマティスは、この作品の買い手にこう手紙を送っています。
「・・・大きな静物画を仕上げ、きちんと確認するために、私のアトリエの壁面に掛けて1ヶ月になります。
ところが、私には作品の装飾性が不十分に思えて、どうしても作品をやり直さざるをえなくなったのです・・・」
この文言は、最初青緑っぽい色で全体を覆っていたこの絵を、ほとんど赤に塗り直したことを、
買い手に宛てて書いたものだと思うのですが、自分の作品が飾られた状態を、1ヶ月も壁に掛けて、
見た目具合を観察していた、といことです。
想像してみて下さい・・・この絵と同じ大きさのめちゃくちゃリアルに描かれた絵を、壁に掛かっているのを
想像するに、最初は凄いよなー、上手いよなーなんて感心するかも知れませんが、
毎日見てると息が詰まりますよね、たぶん。

マティスの作品は、このように「上手に描かれた絵が高級なんじゃない」っていうことを教えてくれます。

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