2012.11.06 目指せ!?ミロスラフ・ティッシー的写真
とりあえずどんなもんかと作り始めたLASTCAMERA。
レンズを完成させると、その後はあっという間の完成と相成った。
で、とりあえずどんなもんかと撮ってみた。
で、撮れているのかどうか不安だったので、現像だけやってもらって
あとは家のスキャナーでデジタル化してみた。
デフォルト状態だとあまりにも惨めな画像だったので、Lightroomで調整した。
で、ホコリの影やらなんやら汚かったけど、それがまたいいんじゃないか?とそのままにしてみた。

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もちろん際物的ではあるけれど、デジタルカメラの「無菌室育ち的綺麗な画像」を見飽きたからか、
なんか、こんなゴミがついてる方がフィルムの物質感が如実に表されていて「リアル」
まあ、プラスティックカメラを使ったという、後付けのイメージもあるからかな?
なんせ、ハッセルで撮った写真だと、意地でも綺麗にゴミを取ろうとしますからね。

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ところで・・・・
とある批評家のミロスラフ・ティッシー論を本屋で立ち読みして知ったのだが、
彼の作品は、女性の水着姿や下半身を撮影したものがほとんどなので、
一見「盗撮写真」に見えてしまうが、彼の真意はそんなゲスなところにはないようなのだ。
確かに、撮影スタイルは、お手製の望遠レンズで遠目から女性を撮影するのだから、
この時点では「盗撮」には違いないのだが、彼はその撮ってきた写真を決して愛してはいない。
彼はプリントした写真をゴミ同然に放ったらかしにし、ゴミやらホコリやらシミがついてもおかまいなし。
その「ゴミ化」した写真を、何ヶ月だか経ってから、自ら制作した額に入れて作品化しているそうなのだ。
批評家は、作家の一連の作業を指摘し、「撮った写真」が大事なんじゃなくって、「捨てられた写真」に
これらの作品を制作していたこの作家の周辺、ソビエト崩壊後の東欧の混乱と重ね合わせて注目していた。
(たぶん)

LASTCAMERAの試写のご紹介が、ミロスラフ・ティッシーの話になってしまいましたが、
このカメラの写りがどうのこうのより、「綺麗に写らない」のをどう料理するか、
作った人だけが楽しめる道具であると、お話を強引にまとめておきましょう。
・・・・それと外観に手をいれなくっちゃ、まだ完成とは言えない・・・かも・・・

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