2012.11.12 悲しきかな重要文化財
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GR digital Ⅳ

前から訪ねてみたいと思っていた和歌山の南端、新宮市にある西村伊作の自邸を訪ねた。
「西村記念館」と名前をつけられたその邸宅は、JR紀勢本線新宮駅から歩いて5分、
名ばかりの「駅前商店街」を抜けた場所にあった。

今年の春、伝記「きれいな風貌―西村伊作伝―」黒川想・著を読んだことを記事にしたが、
もう一度簡単に西村伊作なる人物を復習しておこう。和歌山県新宮市生まれの文化人(本物の)。
当地の山林王の跡継ぎとなり、その財力で自分の理想を求めて東へ西へ、あらゆる文化を吸収し、
大正、昭和を代表する、建築家、画家、陶芸家、詩人、生活文化研究家。文化学院創設者でもある。

記念館と言いつつ、さしてそれっぽいエントランスでもない開き戸の玄関を空け、
「ごめんください」って普通にお邪魔すると、奥から70歳前後の年配の男性が出てこられた。
見学料100円を玄関先の台の上に置いてあったお菓子の空き箱に入れ、邸内を見学しながら、
色々と伊作のアイデアあふれる室内外の造作についてお話を聞かせていただきいた。
お話を聞きながら、伊作の合理的な考え方と斬新なアイデアに感心しつつ、
残念だったのは、修復作業が全くといっても良いほど進んでいないことだ。
例えば、ガラス戸のガラスが一部割れているのだけれど、セロテープで留めているだけだし、
破損した調度品も修復されている様子もなく、和室の畳も裸足で歩くのもはばかるほど痛んでいた。

お話を聞かせてくれた年配の男性が、開口一番「重要文化財に指定されたんですよ」と笑顔で
おっしゃるので、私はすこし「?」と思いながら、「それじゃ、修繕費用なんか出るんですか」と訊くと
「それがねー・・・」と言葉を濁したことや、記念館を出て外観の写真を撮っていると、
遠くから「それじゃ、そろそろ作業始めるかー」と、修繕するらしい声をかけているのが聞こえたり、
「私、ボランティアでやってるんです」ともおっしゃっていたのを思い出す。

そうなんだ、この記念館は「地元の大切な文化を残そう」という、
この方達の情熱だけで今まで耐えてきたんだ。
それが、年配の男性の笑顔は「重要文化財」という国のお墨付きがついて、一歩前進したということなのだ。
しかし、それは「お金を出してくれる」とはイコールにならないのだろうか?
いや、出さないと意味ないよね。だって、100年前の木造建築が「指定しました」だけで、
永久に壊れない・・・なんてことないもんね。

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その方に教えてもらった県内に現存する伊作建築のうち二邸。
一つは伊作の自邸の裏にある、当時外国人宣教師のために建てた住宅(右)
現在は、大阪の人が所有しているが、空き家状態になって痛みもひどいよう。
もうひとつは、新宮から約40㎞北の那智勝浦・下里にある基督教会(左)も外観だけ写真に納めた。

ところで、最後にはキッチンでコーヒーとお菓子までいただきながら、新宮の昔話も聞かせてもらい、
短い時間ながらも楽しいひとときを過ごさせてもらったのだけれど、同じ「県民」でありながら、
「お宅は紀州の殿様のお膝元だよね-」というように、この地域の方は三重南部を含めて
「熊野地域」という独特の地域意識があるようで、「県民」なんてそれはたんなる「行政区分」
でしかなく、あんまり意味がないような気がした。(日本はまだまだ広い)

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