2012.12.19 榎倉康二・讃
R8860340.jpg
GR digital Ⅳ

ツラツラ考えてみるに、良い写真というのはどこか絵画的である・・・と思う。
現代、注目されている写真家のほとんどがそうだ。
それに絵画関係の人は、ずっと昔から写真に近づいている・・・ように思う。
「写真に近づく」とは絵を描くようにカメラを使う。
そう、絵画関係の人は絵筆とカメラはおんなじ意味で「ただの道具」なのだ。

enokura001.jpg
榎倉康二 干渉 (STORY-No.46) アクリル、綿布、木 1992 国立国際美術館蔵 同サイトより転載
榎倉康二という美術家がいた。
私の大好きな現代美術作家の一人だ。

榎倉康二(1942-1995)の代表的な作品は、綿布にオイルを染み込ませたり、カンバス地や綿布に
アクリル絵具を滲(にじ)ませたモノクロームの画面に、異種素材との合体を試みたり、コンクリートを
壁状に立ち上げて、オイルステインなどを染み込ませた立体作品などがある。この間、大阪の国立
国際美術館で見た作品は綿布にアクリル絵の具などをしみこませた「無題」という作品だ。この作品のように、
この作家の物質感を大切にしたシンプルさが、ナチュラルな静かな美しさに満ちていて私はとても好きだ。
その榎倉康二の写真も魅力的だ。
没後、写真作品だけの企画展も開かれたほど、この作家は多くの写真作品を残している。
しかし、その写真は一般的な「写真家」が撮るような「写真」ではない。

enokura002.jpg
左 STORY & MEMORY (P.W.-No.118) 1994  
右 STORY & MEMORY(P.W.-No120) 1994 国立国際美術館蔵 同サイトより転載


上の二点の作品は先に紹介した「干渉」とほぼ同時代の写真作品。・・・似てるよね
図柄が似てるとかいうことじゃなくって、空間に存在するモノの在りようが似てる。
そこにある緊張感のようなもの・・・・それが木と綿布、アクリル絵の具を使っているとか、
床とナイフと遮光線だったりとか、湯気?とその空間だったりとか・・・・
榎倉康二の写真は図柄の善し悪しとは無関係なところにある。
ぱっと見なんのこちゃわからないし、一般的に好まれる写真ではないけれど、
画面に登場している様々なモノの関係が緊張感をはらんでいるし、静かに深い。
それは先に紹介したインスタレーションと共通した榎倉康二の一貫した「表現」なのだ。
いわば、自分の考えを確かめる作業だ。「思考の記録」
すごく純粋だと思う。ある意味、純粋写真だ。
(ある意味って書いてしまったけど、強いて言うなら邪な考えで撮ってないという意味で)

そんな筋の通った榎倉康二の思考が好きだ。

Secret

TrackBackURL
→http://washiaya.blog72.fc2.com/tb.php/2035-9b598a16