2013.10.16 勝手に賞
トリエンナーレで出会った作品の中から、印象に残った作品に勝手ながら「賞」をつけると・・・

リアルで賞
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宮本佳明 《福島第一原発神社・福島第一さかえ原発》

今回、もっとも衝撃を受け、感銘を受けた作品です。
福島第一原発の建屋に神社の屋根をかぶせるという、ふつうにみれば「おちょくってるのか?」と
非難されそうな施工計画の模型の展示作品と、美術館地下二階から地上十階までの床や壁、天井に、
黄や赤色のテープを貼り、原寸大の原子炉の図面を引いた作品。掲載した画像右は炉心部分だ。
《福島第一原発神社》のキャプションに、作者はこう書いている・・・・
原子炉建屋にアイコンとなる和風屋根を載せ、神社ないしは廟として丁重に祀るというプロジェクトの模型である。(中略)このプロジェクトの目的は、今後1万年以上にわたって溶融燃料を含む高レベル放射性廃棄物を現状のまま水棺化して安全に保管することにある。なぜなら200トン近い溶融燃料をすべて回収することも、廃炉にともない発生する大量の高レベル放射性廃棄物を場外搬出することも事実上不可能だからだ。その時(つまり廃炉を諦めたという意味だが、、)最も重要なことは「それ」が危険であるということを明示し続けることである。しかも、文化や言語さえも変わっているであろう1万年以上後の人類(それは日本人なのか?)に対してである。(後略)・・・

なんとリアルなプロジェクトだろう。
そう、現代の恐怖である放射能汚染と、封じ込めたとしてもその可能性を残すこの建屋は、
未来永劫、人類にとっては「恐怖」でしかないのだ。そして、その現実を実物大図面を体験し、
模型を鑑賞することによってリアルに感じること。私たちの忘れかけた原発事故の恐怖を
再び刺激し、考えさせてくれる作品だ。

共感するで賞
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下道基行 《境界のかけら》

「境界」って興味ありません?
あっちとこっちとか、あの世とこの世とか、水際とか・・・・・
この作者はそのような境界を記録し、現場の象徴的な物品を一つの箱に入れ、コメントを添えて展示するという、
とてもシンプルだけれど、「境目の意味」が何であるのかを考えさせてくれる作品たちです。
公式HPの作家紹介には・・・・
(前略)彼の作品は、風景のドキュメントでも、歴史的な事実のアーカイブでもない。生活のなかに埋没して忘却されかけている物語、あるいは些細すぎて明確には意識化されない日常的な物事を、写真やイベント、インタビューなどの手法によって編集することで顕在化させ、現代の私たちにとってもいまだ地続きの出来事として「再」提示するものである。・・・(後略)

そうなんです、わかるな・・・
ちょっとした分かれ目が、別の物語を生み、同じ地続きでもあっちとこっちは違う物語がある。
それが私たちの日常のどこにでもあることを再認識させてくれる作品です。
あれで賞
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米田知子

写真は「その時のそれ」を何千分の一とか何分の一のシャッターで捉える機械だけれど、
「あの時のあれ」を撮ったらどうなるんだろう?
米田知子の作品はフォトグラフィカに掲載されているのを見て、なんか良いなーとは思っていたものの
なぜ「それ」や「そこ」を撮っているのかわからず、もやもやしたままだった。
それで、今回の展示を見て納得した。納得して「深いなー」と思った。
またまた、公式HPの作家紹介で申し訳ないが・・・・
(前略)戦争や災害や政治体制の変化などを経験した場所に潜む、可視化されない記憶や歴史をテーマにした写真作品で知られ、・・・(中略)・・・見えるものと見えないものの間に横たわる過去の軌跡と記憶をなぞり、それを読み解くことによって私たち自身の存在と現代性を問いかける、米田の一貫したまなざしがある。(後略)

私も一度、無意識ではあるがこんな気持ちでシャッターを切ったことがある。
兵庫県立美術館から王子動物園に向かっていく道、東西に長く伸びた公園のような歩道のような場所。
なぜか気になってシャッターを切ったが、切った後、記憶がよみがえった。
震災後都市計画に基づいて整備された場所だ。テレビで見た震災直後の映像。そしてその後復興した街を
ドラマ化した番組の中で見た風景。そんな映像が記憶の中からよみがえったのだ。
この作者の作品の「その時のそれ」の時間軸を変えて見ていると、すごく理解できるし、どこかで見た
「あの時のあれ」がよみがえり、一つ一つの作品が深い意味を持ったものに見えてくる。

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