2014.01.31 その場にいたということ
大きい画像素子のデジタル一眼レフカメラを使う理由が、撮った画像の一部分を切り取って
プリントしても画像が荒れないためだ、という人がいるという。
作品の質を高めるために、画面上必要でないものをデジタル処理で消してしまう人がいるという。
昔から、フィルム現像や印画紙に焼き付けるとき、「撮ったまま」ではない、「自分の欲するイメージ」を
追及するために、様々な写真技術が開発されてきたのだからやっちゃーいけないとは思わない。
実際、私自身も最近RAW現像を覚えて、現像テクニックなるものを楽しんでいる。
でも、この話を聞いて、正直もやもやしている。

写真を撮る醍醐味は何だろう?と考えてみると、やっぱり「その場にいたこと」や「それを見つけた喜び」
なんじゃないか、と思うのです。私は・・・。「私は」と書いたのは、そうでもないのかもしれない。
「良い写真だ」と思われたいなら何をやったっていいんだよ、て声が聞こえてきそうだ。
「見せる」ことを意識すれば、当然の行為だよ、て声が聞こえてきそうだ。
しかし、やっぱり違うような気がする。それは優先順位としてはもっと後の方だと思う。
「その場にいたこと」「その場で感じたこと」を伝えるがために、シャッターを切るのだ。
それが、優先順位の一番だ。
だから、たとえ遠くにあろうと、沈みかけの夕日を「そこにいた」から写真に収めた。

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FUJI X-E1 with Summilux-M 35mm F1.4
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