2014.03.06 私、撮る人、あなた見る人
【球春】ならぬ【写春】到来!
・・・・てなわけでもないのですが、ソロソロとシャッターを押し始めた。
でも、シャッター押してるだけじゃー、つまらないから、何かを考えながら押している。
それはまだ自分でもどう考えて撮ればいいのか整理がついていないのだけれど、
とにかく「撮った後のことを考えて」撮ろうと・・・・。

今まで知った自分の琴線に触れる作品は「よくわからないけれど、なんか魅力的な写真」なのです。
例えば、再三このブログに登場してもらっている杉本博氏の作品は、何が良いんだかよくわからない。
よくわからないけれど、大好き。米田知子さんの作品を初めて見たとき、「何か裏があるな」と感じた。
ホンマタカシ氏の「Tokyo and My Daughter」には気持ちよくだまされた。
それらの写真の不思議さを知りたくて、論評や、作家自身の言葉や写真の歴史を読んだりしていて、
なるほどねー、と感心することばかり。感心しているばかりじゃ始まらないから、実践してみようと・・・。
今、言えることは
「桜を撮りました」「綺麗ですね」 は【写真】というもののほんの入り口でしかないということ。
「祭りの写真」を撮って、「祭りの勇ましさが表現されていますね」と言われても大した意味はないということ。
撮る人がいて、その写真を見る人がいるということ。
撮る人の感性と、それを見る人の感性は、もう無限にあって、その距離は途方もないということ。

だから、どうなのよ、どんな写真を撮っているのよ、と言われると、まだ整理はついていない。
ついていないけれど、最近の「タイトルのみ、4枚一組」に、その試みが隠されているのだよ、ムフフフフ。

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