2015.03.25 トレースする人
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「浄瑠璃寺の春」のトリビュートというより、トレースした、と言う方が正しいかもしれない。
堀辰雄は春以外にもこの地を訪れている。
「樹下」という文章に・・・・・
 その藁屋根(わらやね)の古い寺の、木ぶかい墓地へゆく小径(こみち)のかたわらに、一体の小さな
苔蒸(こけむし)た石仏が、笹むらのなかに何かしおらしい姿で、ちらちらと木洩れ日に光って見えている。
いずれ観音像かなにかだろうし、しおらしいなどとはもってのほかだが、――いかにもお粗末なもので、
石仏といっても、ここいらにはざらにある脆(もろい)焼石、――顔も鼻のあたりが欠け、天衣(てんね)な
どもすっかり磨滅し、そのうえ苔がほとんど半身を被(おお)ってしまっているのだ。右手を頬にあてて、頭を
傾かしげているその姿がちょっとおもしろい。一種の思惟象(しゆいぞう)とでもいうべき様式なのだろうが、
そんなむずかしい言葉でその姿を言いあらわすのはすこしおかしい。
・・・・・という部分があるが、これはこの周辺に点在する石仏を見て歩いた様子だ。

アタクシはこの日、できるだけこの山里の古い記憶を訪ねようと試みた。それが今回の目的の一つだ。
作家の足跡をトレースし、山道をのんびりと歩きながら、今はもう散策コースのメインスポットにもなっ
ている石仏を自分の視点を交えて撮影した。昨日の記事に載せた画像は、作家が「見たであろう情景」を
イメージして撮影したものを抜粋したものだ。
見るものの形は、作家が訪ねた昭和初期とは様相が変わっているけれど、この土地の穏やかさや、
春の陽気のほのぼのした木々の様子は何も変わっていないんじゃないか、と思いながら・・・・。

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