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2015.03.30 再び、浄瑠璃寺へ
浄瑠璃寺を訪ねるのは2度目、いや3度目かもしれない。
過去にも本堂を拝観し、国宝の九体の阿弥陀如来像を見、「うん、なるほどね。」と知ったかぶりをして
その場を終わらせたが、今回は少し違った。拝観者も少なく、ゆっくりと見学できたものだから、けっこう
真剣に説明文を読み、この本堂の狭さが九体の阿弥陀如来像を安置する厨子の役割をしていて、
本来は外から礼拝する装置なのだということを知って、それなら、その通りに見てみたいと思いながら、
真ん中に座する阿弥陀如来中尊像の前で座ってみた。
そして、そのお顔を下から見上げてドキッとした。目が合ったのだ、阿弥陀如来中尊像と。
そのまなざしは、今まで仏像を見て感じたことのない大きな威圧感と包容力で、仏教的信仰心というの
にはほど遠いアタクシですら、「ああ、心が弱っていたら、この如来様に救済を求めるための般若心
経を唱えるだろう」と、人の精神を刺激するには十分過ぎるまなざしと感じたのだ。
浄瑠璃寺、すげー演出。
杉本博司は、三十三間堂の千体千手観音立像をして「これはインスタレーションだ」と語っていますが、
まさしく、浄瑠璃寺の本堂も末法思想を具現化したインスタレーションであると、勝手に確信しました。

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