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2016.03.29
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PLAUBEL makina 67

「自然の鉛筆」【第2巻 図版Ⅵ・開いた扉】から・・・・
本書の主たる目的は〈写真術という〉新たな芸術の幕開きを記録に残すことにある。
この芸術は、やがた―その時代は近づいていると私たちは信じている―イギリスの才能ある人々の
尽力によって成熟の時代を迎えるであろう。これは、この芸術の幼年時代におけるたわいもない努力
の一例にすぎないが、心優しい友人の中には褒めてくれる人もいた。
 日常的で身近な出来事の光景を描写の主題にすることについては、オランダ絵画に多くの先例を
見出すことができる。画家は、しばしば、凡人が何も気づかないところに眼を留める。何気ない一条の
陽の光、小径を横切るように伸びる影。老い衰えた樫の木、苔むした岩、ときにこうしたものがきっかけ
となって、次々に様々な思いや感覚、さらにはピクチャレスクな想像が広がっていくこともある。


パラパラめくっただけのアート系3冊の中の一冊で、 ウィリアム・ヘンリー・フォックス・トルボットが著した
世界で初めての写真集「自然の鉛筆」の復刻版がある。
パラパラと図版だけ眺めていても、古い写真ばかりだから退屈するが、写真技術の創始者のひとりでもある
トルボットの金言ともいえる文章が目に留まった。「日常的で身近な出来事の光景を描写の主題にする」なら
古いオランダ絵画を見習うのがよろしいようだ。何気ない一条の陽の光・・・これなどはいかにもフェルメールだ。
フェルメールが活躍した時代のオランダ絵画は、陽の光を巧みに利用した演出で、日常の光景を絵画として
成立させた絵画ですが、その光は実に暖かく美しい。「事物を撮る」のではなく「光を撮る」のが、いいのかも。
そういえば、マキナを使って今撮りたいなーと思っているのは、フェルメールの「デルフトの小道」や「デルフトの
眺望」みたいな風景写真なのかもしれない。

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