2016.04.25 ヴィヴィアン・マイヤーを探して
2013年6月15日の 「没後、写真家となる」 というタイトルで紹介したストリートスナッパー、
ヴィヴィアン・マイヤー。彼女の写真は、死後、若き青年によって世界に紹介され、その魅力が
世界中で認められた。しかし、それまでは、彼女のことは「アメリカ・シカゴで乳母の仕事をして
いた」ということだけで、それ以外は全く謎に包まれていた。それが昨年、「ヴィヴィアン・マイヤ
ーを探して」という彼女の姿を探し出すドキュメンタリー映画として制作され、アカデミー賞の長
編ドキュメンタリー映画賞にノミネートされ、日本でも全国各地で上映されたそうな。
しかし、さすが和歌山、このようなマニアックなドキュメンタリー映画なぞ上映される映画館などなく、
それならばとDVDが発売されたので手に入れた。

vivian0001.jpg

なぜ、彼女は一万五千カットものシャッターを切り、誰にも見せずにこの世を去ったのか?
ここが一番興味を引くところですが、映画の中では、彼女のフィルムを見つけた青年、
ジョン・マルーフが、映画・テレビプロデューサーのチャーリー・シスケルとともに、彼女との
接点のあった人物を探し出しインタビューすることで、隠された彼女の人物像が徐々に明か
されていきます。そして暴かれたのは、生涯、他者との関係をうまく構築できなかった彼女。
そして異常なまでの収集癖。写真を撮るという行為は、はそんな彼女の性癖に最もシンクロ
したのかもしれない。写真を撮ることで自分の見たモノを蒐集したかった・・・・という思い。
生涯孤独に生きた彼女が、彼女の暮らした土地やそこに暮らす人々や、雇い主の子供たちや
三面記事に載るような事件現場を撮影することによって、社会との接点を持とうとした。いや、
そこで撮影することで自分の精神を安定させたかった。その一心でシャッターを切り続けた・・・
それでは、彼女は本当に撮ることだけで満足していたのだろうか?
いや、生まれ故郷の町のラボの主人にプリントを依頼しているところから、彼女の「撮った写真を
人に見せたい」という思いもあったのでないだろうか。それにセンスある構図や視点は、著名な
写真家に触発された形跡もある。だから、写真表現に少なからず興味を持っていたことは確かだ。
表現とは、世間とか社会との折り合いをつけられない自分がいて、そのギャップを埋めようとす
る行為が芸術的才能という形で現れるのかな。ヴィヴィアン・マイヤーの才能は、蒐集する才能。
カメラはその蒐集のための道具の一つにすぎない。注目すべきは、彼女の人や社会を見る眼だ。
慈愛に満ちた眼、冷徹な眼、ユーモラスな眼・・・・彼女の見る眼はバラエティに富み、その写真は
見る者を飽きさせない。そんな見る眼が、ジョン・マルーフの琴線に触れ、彼の努力によって多くの
人に理解され、認められた・・・・彼もまたヴィヴィアン・マイヤーの才能に通じるところがある。

視聴した今、そんな感想をアタクシは持っている。

追記
和歌山で上映されなかったこの映画、市内の小さなカフェで上映したという。たまたまそれを見た
写真に全く興味のない同僚(男・58歳)が「ねえねえ、ヴィヴィアン・マイヤーって知ってる?」と、
わざわざアタクシの仕事部屋までやってきて、この映画のことを報告してくれた。彼もまた、この
写真家と彼女を発掘したジョン・マルーフに興味を持ったようだ。
それが、色んな意味でちょっと嬉しかったな。(色んな意味は長くなるから書かない)

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