2016.05.26 尊敬と共感
日曜美術館「大地が育てた写真 ブラジル移民 大原治雄」を見た。
知らなかったなー。ブラジルではきっちりと評価されている日本人写真家。
四国から移民としてブラジルに渡り、過酷な開拓生活を過ごしながら写真を撮っていた人。
プロカメラマンではない、かといって仕事の片手間に写真を趣味にしてます、っていう素人
カメラマンでもない。リアルな感動が写真からにじみ出ている。それはなぜだろう?
なぜ、その写真を見た人たちを感動させるのだろう。

番組内で紹介された数点の作品しか見れていないけれど、開拓地を背景に、自分の姿や家族を
撮影したものであるが、そんな日常を「切り取った」写真は、開拓者としての自負と誇り、それに
家族への愛が、作者の心の叫びみたいなものとしてありありと感じた。
ここからは想像だけれども、構図やモチーフの組み合わせなどの表現は植田正治の写真に影響を
受けていると思う。決して開拓農民の苦労や貧しさを表現した悲壮感漂ったイメージはない。
開拓農民の生活をモチーフにしながらも、例えばミレーの落穂ひろいや晩鐘のような、大地と共に
生きる人々の静かな力強さや、自然に対する慈愛が感じられ、画面に登場する人物はあくまでも
この写真家が「こんな写真にしたい」というコンセプトに基ずいた「配置」されたオブジェクトであり、
センスの良い所謂「植田調」を独学で学んだ作風だ。しかし、番組でも紹介されていたが干ばつで
作物は大打撃を受け、決して悠々自適な成功者の生活をしていたわけでもない。彼はそれでも写
真を撮りつづけたのだろう。そこには自分の生きざまを写真表現で残そうとした真摯さが感じられ
素人写真家の端くれに居るアタクシは、この写真家の真摯さに我々素人写真家は学ばなければ
ならない、と感じた。そしてこの写真家をして、宮沢賢治の「農民芸術概論」の一説を思い出した・・・・

農民芸術の産者 ……われらのなかで芸術家とはどういふことを意味するか……

職業芸術家は一度亡びねばならぬ
誰人もみな芸術家たる感受をなせ
個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
然もめいめいそのときどきの芸術家である
創作自ら湧き起り止むなきときは行為は自づと集中される
そのとき恐らく人々はその生活を保証するだらう
創作止めば彼はふたたび土に起つ
ここには多くの解放された天才がある
個性の異る幾億の天才も併び立つべく斯て地面も天となる

高知県立美術館で開催されているこの写真家の回顧展、日本初のようだ。
調べてみると、巡回展が6月18日(土)~7月18日(月・祝)まで伊丹市立美術館で開催され、
その後、清里フォトアートミュージアムで開催される。うー、伊丹に行けるけれど待ちきれない。
・・・・ということでいつものように図録を速攻でネット注文した。美術展の図録は「見てから買う」
ってできるのに、杉本博司、鈴木理策、そして大原治雄。写真の図録は「買ってから見にいく」って
なるのはどうしてだろう、そういえば、ヴィヴィアン・マイヤーも写真集はあるがプリントを見たことは
まだない、不思議だ。

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